「
「ピラトゥス山を
難しい顔をしているのは、向こうがまだこっちに気付いてないからだ。
一羽だけならいいが、
下手をして群れを呼び寄せると面倒になる。
普段なら気にせずに撃ち落としているのだろうが、今回はそうもいかないのだろう。
馬車を止め、暫く様子を見ていたレオンさんは、
「流石に編隊で来られると厄介だからな」
新しい煙草に火を付け、空を見上げて煙を吐く。
レオンさんも緊張していたのだろう。
何事もなくてよかった。
馬がやられたり、馬車を壊されたりする可能性だってあるしな。
ザルナー湖を通り過ぎると、風景は牧歌的なものに変わった。
爽やかな風が渡る高原で、放牧された牛がのんびりと草を
谷あいの小さな村では、子供が犬とともに山羊や羊を追っていた。
「いい風景ですね」
森の深いエアル島では見られなかった酪農の光景に目を奪われる。
だが、そんな平和な光景を破ろうと、無粋な襲撃者が姿を現す。
「アラナン、
西の山の中腹あたりから、複数の醜い灰色の肌の
鋭い鉤爪を持ち、
人には理解のできない叫び声をあげながら、放牧されている牛を狙って動き出していた。
「ちいっ!」
レオンさんは素早く
轟音と硝煙の向こうに、 血飛沫を上げて倒れる
だが、一体倒したくらいでは
「ぼくが行きます!」
レオンさんの
弾を詰めて火口を吹くのに数秒のラグが発生してしまうのだ。
大人数が相手なら、ぼくの
火口に火を付けて準備をする。
「待て、突出するな!」
レオンさんの制止も聞かず、ぼくは
途中でもう一回銃声が響き、また一体の
その間に一体の
よし、こっちの射程に入ったな。
遠慮せずにぶっ放してやる。
「
火口から火の魔力が吸い取られ、ぼくの
凝縮された魔力が放射状に光条を発し、次の瞬間
上乗せしたのは小さい火だったから、威力はそこまでではない。
二十体ほどの
「ごおおおおお!」
そのとき、ものすごい怒声が上がり、
あれは
人間を超える巨体に、膨れ上がった筋肉。
威圧を込めた咆哮。
「アラナン、
レオンさんの叫びとともに銃声が轟く。
だが、
あれは凄い。
とんでもないやつだな。
「ごがあああ!」
魔力を乗せた咆哮がびりびりと肌を打つ。
この手の威圧には強い方だが、一歩間違えると持っていかれそうだ。
こちらが硬直したと思ったか、加速して
あの動きは、ぼくの回避より
レオンさんの悲鳴が
「アラナン!」
ぎょっとしたような表情を作る
「
絶叫を上げる
危機を悟ったか、
ぼくは口の端に、人の悪い笑みを浮かべた。
「悪いな。その防御は……喰わせてもらう!
魔力を乗せて捻りを加えた突きが、
だが、
結果、黒い魔力の防御は
「ぐぎゃあああ!」
やつの腹はまるで爆砕したかのように大穴が開いている。
穴は背中まで貫通しており、流石に致命傷だろう。
ふらふらとよろめいたかと思うと、
舌を出して喘いでいたやつの瞳から、急速に生気が抜けていく。
後の
牛は逃げ散っていたが、死体は
「おい、大丈夫なのか?」
ぼくは
暫く体を動かすと筋肉痛があるだけだ。
「それならいいが……とりあえずはな」
それから、レオンさんは真面目な顔でぼくの頭をこつんと叩いた。
「お前は強いが、戦いの経験はおれの方がある。おれが突出するなと命令を出したのに、お前は無視して飛び出した。それは駄目だ。戦いは個人でやるものではない。前線で孤立すれば、どんなに強いやつでもあっさり死ぬことだってある」
それからレオンさんは煙草に火を付けると、ぷうと煙を噴き出した。
「ま、もっともお前の実力を低く見積もっていたのも確かだ。それは修正しておこう。魔狼と対峙しようっていうだけのことはあるな」
この人に認められたような気がして、ちょっと嬉しかった。