夜半から風が強くなってきた。
山頂の方は猛烈な吹雪だろう。
昨日までは晴れていたのに、こちらが登頂しようとするとこれだ。
魔狼の強烈な歓迎と言うところだろうか。
いつもは寝付きのいいはずのぼくが、強風の音で眠れなかった。
いや、これはプレッシャーなのか?
魔狼に有効な
炎熱系は場に氷雪系の力が強過ぎるから拭き消されるだろうし、だからと言って氷雪系なんて通じるはずがない。
猛烈な吹雪が発生しているところを見ると、風嵐系も効果が薄そうだ。
これは
だが、相手は危険度
そんなことをぐるぐる考えていたら、夜が明けていた。
眠い目を
レオンさんはすでに起きていて、雪山用の服や道具を取り出していた。
雪解け水を沸かし、お湯を
体が温まると、不安が薄らぐような気がした。
「行けるのか?」
レオンさんはぼくの悩みも見抜いているのだろう。
本来なら冒険者に成り立てのぼくにどうにかできる相手じゃない。
でも、
いや、待てよ。むしろぼくよりあの二人が来るべきじゃね?
「まあ、やるだけやってみます。最悪は力押しの肉弾戦ですね」
あの二人ではなく、ぼくじゃないとまずい理由があるのかもしれない。
そうすると、その理由は何だろう。
雪山装備に身を包むと、ぼくは自分とレオンさんに
冷え込んでいた空気が、ぼくらの周囲だけ暖かく変わる。
まあ、着込んでいるから、あまり高くはしないようにしよう。
寒くなければ十分だ。
「驚いたな。こんな呪文まで用意しているとは」
レオンさんはこの
正直
魔力を使っているのはぼくじゃないからな。
これを褒められても
登山靴を履き、アルペンストックを手に持ち、命綱を腰に
毛皮の外套に身を包み、皮革の手袋を装着した。
さて、
例え、行く手に猛吹雪が待っているとしても行かねばならぬ。
レオンさんを先頭に
視界は極めて悪い。
命綱を
猛吹雪で外気温が下がっているので、同時に
これがなければ、本当に凍死しかねない。
ウォルルウウウウウウウン。
びくりと、レオンさんに繋がった命綱が震える。
山頂の方から、大きな狼の遠吠えが聞こえたのだ。
あいつは、ぼくたちの侵入に気付いている。
今のは、生かして帰さぬと言う決意の遠吠えだ。
レオンさんは、魔狼が出てくれば離れて見ていると当初言っていた。
自分はあくまで道案内だと。
その理屈で言うなら、もうそろそろレオンさんは引き返した方がいい。
もう魔狼にいつ襲われるかわからない。
だが、ぼくの喉は緊張のせいかからからに渇き、レオンさんに声を掛けることもできなかった。
いや、嘘だ。
ぼくは、心細かったのだ。
この旅の間ずっと、レオンさんはぼくを引っ張ってきてくれた。
いまレオンさんがいなくなり、ぼくだけになったときの
大自然の脅威の前では、人間なんてちっぽけなものだ。
エアル島でぼくは散々それを叩き込まれてきた。
吹雪が吹き荒れる
普通に行けば、インデンベルゲンまで六時間くらいだろう。
だが、この猛吹雪だ。
日没までに辿り着けるかもわからない。
と言うか、正直辿り着いてもそこがインデンベルゲンかどうかなんてわからない。
視界が全くないからだ。
時間の感覚も狂ってきた頃、レオンさんが立ち止まった。
どうやらエネルギーの補給をしておけと言うことらしい。
もそもそとチーズを噛む。
味がしない。
余裕がないせいか。
ブランデーを飲み干すと、かーっと喉が
うん、何か正気を取り戻せたような気がする。
今までは、ファリニシュに飲み込まれていたのだ。
この吹雪は魔狼の攻撃。
すでに戦いは始まっているのだ。
しかし、この容赦のない吹雪をルウムの神父たちは突破できたのだろうか。
寒さに抵抗のない者たちなら、この吹雪だけで全滅しそうだ。
レオンさんが
視界が全く効かないから、磁針で方角を見るしかない。
今のところ方角は間違っておらず、インデンベルゲンまで三分の一くらいは来たそうだ。
「おれたちが凍えないので、やっこさん怒り狂っているぜ」
時折、魔狼の大きな遠吠えが響き渡る。
確かに、レオンさんの言っているようにも感じ取れる。
吹雪で人間の体温を奪い、活動を鈍くし、凍傷も起こさせ、そして方角を見失い
意地の悪い戦法だ。
これでは魔狼の目の前に着くまでに大抵の人間は力尽きる。
これだけの自然の猛吹雪が相手だと、ぼくの
いや、あるにはあるが……あれは発動できるかわからないし、制御もできない。
「それにしても、恐ろしい力だ。これだけの吹雪を、狼の個体が起こせるものなのか?」
「これは
付近の魔力は魔狼に集まっている。
ぼくの利用できる魔力は少ない。
本当に勝ち目があるのだろうか。
この感じからいくと、ファリニシュは魔狼と言うより神狼の域に達している気がする。
僅かな休息の後、再びぼくらはインデンベルゲンを目指して出発する。
吹雪はますます強くなり、濡れた服に体温を奪われそうになるが、その分
降りしきる雪は新雪となって積もり、足を取るようになっていた。
一歩進むごとに雪深く足が埋まり、歩みは遅々として進まない。
ただでさえ視界が悪いのに、これではクレバスなどあったとしても雪に埋もれて発見できないだろう。
レオンさんも無言のまま必死に歩いていたが、焦慮の思いは伝わってくる。
これは、今日のうちにインデンベルゲンに到達するのは厳しいかもしれない。
こうなったら、早くファリニシュが出てきてくれないものか。
分厚い雲と吹き付ける雪に閉口しながら、ぼくは黒い空を見上げた。