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第三章 黄金の鷲獅子 -2-

 講義の後にファリニシュが見てくれると言うので、居残りで訓練を行う。

 マリーとハーフェズも同席させた。

 マリーは一緒に訓練をするが、ハーフェズにやる気は見られない。

 こいつは何をしに留学しに来ているんだろう。


「まずはわっちの魔力を見なんし」


 ファリニシュが身体強化ブーストを発動する。

 へその下から発した魔力が、驚くほど滑らかに素早く体内を一周する。

 見事な力量だ。

 この自然さを出せる使い手は、今の初等科には誰もいない。


「強く回しんすな。まずはく滑らかに。もっと魔力を自在に操りなんし」


 魔力を操ることに関しては、ぼくは他人より一日の長があるはずだ。

 幼少時より魔術エレメンタルを使ってきて、慣れてもいる。

 だが、その自負はファリニシュにあっさりと叩き折られた。


「主様の魔力はちくっとがさつきなんす。細やかにやりなんし」


 どうも大規模の魔力行使に慣れているせいか、精密さに欠けるようだ。

 うーむ、思ったより大変だなこれ。

 こういう精密さに掛けては、ぼくよりマリーの方が得意そうだった。

 そういや偽装カムフラージュ魔法ソーサリーを使っていたな。

 得意分野じゃないか!


 ハーフェズは相変わらず寝ているが、時折ちらりとこちらを見る。

 ファリニシュの身体強化ブーストには流石に驚いていた。

 この班のリーダーがファリニシュだと思っているだろうな。

 だが、彼女は実戦では多分動かないぞ。


「主様は魔力の細やかさをハーフェズから教わりなんし。あの魔力の涼やかなこと。まるで湖の如く揺らしんせん。主様のは力で抑えつけていなさんす」


 それはちょっとハーフェズを持ち上げすぎじゃないかなあ。

 むっとした表情がわかったのか、ハーフェズがにやにやしている。

 ちえっ、こいつ性格悪いぞ!


 顔がよくて、頭の回転が速くて、性格が悪いとか最悪じゃないか。


「わたしは魔力の動かし方がわからないだけだよ、アラナン」


 嫌みか!


 ハーフェズは相変わらず笑っているので、本心ではないのが丸わかりである。

 本当にこいつの余裕は何なんだろう。

 ただの最下位野郎にはとても思えない。

 実力をわざと隠している風でもないし、本当にやる気がないように見える。


 そうこうするうちに、マリーよりぼくの魔力の方が先に尽きた。

 おかしいな、魔力量ではぼくの方が上のはずだ。

 これが繊細さが足りないってことか?

 ぼくの方が、マリーより魔力の無駄遣いをしているとでも言うのか。

 畜生、マリーが勝ち誇った顔をしている!

 ぼくの周りに優しさがないよ。

 レオンさん、レオンさんは何処だ!


 魔術エレメンタルを使えないってのは思ったより深刻だな。

 野外実習に出てくる魔物程度なら、単純な武術だけでも十分対処できると思うけれどね。

 マリーも細身の剣エペ・ラピエルを流麗に使えるから、守るほどのこともないし。

 でも、それじゃ鍛錬にはならない。


 数日ファリニシュの訓練を受け、マリーは目に見えて身体強化ブーストのレベルが上がっていた。

 魔力の巡りに歪みがないし、滑らかだ。

 パワーはないが、素早さに特化して強化している。


 一方、ぼくはまだ苦戦していた。

 いや、パワーはぼくのが出せるんだよ?

 でもさ、それやるとすぐに魔力が枯渇するんだよね。

 全く、魔術エレメンタルだと好きに魔力を使っていたからなあ。


「主様はもっと魔力の押し引きを学びなんし」


 おなごの扱いと同じでござんすと言われてもなあ。

 要するに、力を入れるときは瞬間的に入れろ、消費魔力にメリハリを付けろってことだよな。

 うーん、おかしいな。

 ぼくはもう少し魔力をコントロールできていると思っていたんだがなあ。


「まあ、がさつなアラナンには無理ね。大出力の魔術トゥールドゥマジーに頼っていればいいんじゃないかしら」


 マリーにも憎まれ口を叩かれる始末。

 悔しいが、繊細な魔力の扱いではマリーに差を付けられっ放しだからな。


 気分転換に楢の木ロブルの棒を構え、何通りか型を振るう。

 体を動かしていれば、余計なことを考えずに済む。

 無心に棒を振るっていると、ファリニシュとマリーが手を止めてこちらを見ていた。

 何だろう、割とまじまじと凝視されているが。


「主様は棒振りのが魔力を滑らかにできんすな」

「そうね。意識してるのかわからないけれど、変な力みが消えているわ」


 ええっ、いま魔力とか全然考えていなかったけれどな。

 キャセイ人の師匠に教わった通りに振っていただけで……。


「逆に体に染み付いているから、頭で理解できなくなっているのかしらね」

「主様は棒振りしながら魔力を回しなんせ。その方が滑らかでござんす」


 半信半疑でやってみたが、確かに今までとは手応えが違っていた。

 頭で巧く回そう回そうと考えていたのがいけなかったのかもしれない。

 だが、問題があった。

 巧くいったのは嬉しいが、マリーとファリニシュのぼくを見る目が、完全に脳筋を見る目になっていることだ。


「体で覚えさせないと駄目だとはね……」

「主様の棒の御師は大した方でござんすな」


 いや、マリーとファリニシュの仲がよくなるのはいいことだ。

 いいことなんだが、ぼくの話題で仲を深めないで欲しい!

 せめて、悪口で盛り上がるのはやめようよ!


 冗談はさておき、一度こつを掴んだことで、ぼくの身体強化ブーストの練度も一気に上がった。


 笑われようがとにかく体を動かしながらの身体強化ブーストに問題はない。

 棒の師匠が気と表現していた魔力を素早く動かし、インパクトの瞬間に爆発させる。

 これは螺旋牙スクリューファングでも使っていた技法だ。

 その静から動への流れの切り替えに淀みがなくなり、ぼくはマリーに負けなくなった。


 実のところ、マリーは初等科で二番目に身体強化ブーストの習熟が進んでいた。

 それだけ、ファリニシュの特訓は効果的だったのである。

 そのマリーに勝ったため、ぼくより身体強化ブーストが巧いのはハンス・ギルベルトだけになった。


 帝国騎士ライヒスリッターの地位をすでに有しているハンス・ギルベルトは、正真正銘ヴィッテンベルク帝国のエリートである。


 幼少時から剣、槍、馬術と身体強化ブースト魔法ソーサリーに特化した鍛錬を積んできた結果、その強さは本物になっている。

 高い身体強化ブーストに支えられた剣技に隙はなく、初等科では敵はいない。


 今後色んな魔法ソーサリーを覚えるようになればわからないが、身体強化ブーストしか習っていない現在ではどうしようもない。

 肝心の身体強化ブーストの練度が違いすぎる。


 そう思って勝負は半ば諦めていたのだが、こちらも幼少時からつちかってきた功夫クンフーが使えると言うなら別だ。

 次にやるときは目にものを見せてやろうかな。


 ちなみに、ハーフェズは初日しか付き合わなかった。

 戦いの役には立たないから、みんなに任せると言い放って帰ってしまう。

 あいつが弱いとはあまり思えないんだが、強いとも言い切れないのだ。

 どれくらいやるのか、ぼくでは全く測れない。


 ファリニシュは彼のことを買っているようだけれど、一緒に野外実習に行く身としては心配だよ。

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