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第三章 黄金の鷲獅子 -3-

 野外実習に選ばれたのは、フラテルニアから見て東にあるゼルティン山である。

 フーハーベルク三山のように一万三千フィート(約四千メートル)以上ある山と比べれば低い山だが、それでも八千フィート(約二千四百メートル)以上あるヘルヴェティア東部屈指の高山だ。


 班ごとにフラテルニアを出発し、ゼルティン山頂の洞窟の奥にある結晶に学生証を触れさせろと言われている。

 基本的に早さを競うのだが、途中倒した魔物もポイントになる。

 ポイントは班ごとなので、人数が多い班は有利だ。


 優勝最有力候補はハンス・ギルベルト・フォン・ザルツギッターの班で間違いないが、他にもバランスの取れた班はある。

 サルバトーレ・スフォルツァの班と、ビアンカ・デ・ラ・クエスタの班だ。


 三班とも最大人数の六人を揃えており、身体強化ブーストと武術の習熟度もそれなりに高い。

 サルバトーレはマリーに次ぐ四番手だし、ビアンカはその次だ。

 だが、正直この二人は相手にしたくないタイプである。


 サルバトーレはファリニシュにお熱の軽薄貴族だ。

 メディオラ公国の公子らしいが、毎日薔薇の花を抱えてファリニシュに捧げている変態だ。

 当然ぼくへの風当たりは強く、何度決闘を挑まれたかわからない。

 もっとも、ぼくがマリーを破って二位の座に就いてからは挑んでこない。

 意外と度胸はないやつだ。


 ビアンカはモンテカーダ伯爵の娘で、淑女かと思ったらとんでもないじゃじゃ馬だった。

 気性が荒く、猛禽のような目をしている。

 そうかと思えばハーフェズにはぞっこんで、彼の前だと借りてきた猫のようになってしまう。

 ぼくがハーフェズを班に入れてしまったから、恨んでいるようだ。

 彼女が誘いたくて悶々としているうちに、ぼくが声を掛けてしまったんだと。


 知らんがな!


 ちなみに、ビアンカはサルバトーレと違ってぼくにびびったりせず、未だにぼくを見かけると殴り掛かってくる。

 ハーフェズさん、何とかして下さいよ!


 一方のぼくらの班は、ぼく、マルグリット・クレール・ド・ダルブレ、ハーフェズ・テペ・ヒッサール、イリヤ・マカロワことファリニシュの四人だ。

 すでにこの時点で二人のハンデがある上に、ハーフェズとファリニシュは基本働かない。

 実質、マリーとぼくの二人なわけだ。

 成績上位の二人がいるとは言え、魔物の討伐数と速度を両立させなければならない以上、結構きついな。


 冒険者ギルドでルートの選定をしておく。

 魔物の討伐数もポイントになる以上、魔物の出現情報もインプットしておかないといけない。

 普通に考えればトゥリーク湖の北岸沿いに東進するルート一択なんだが……。


「ヘルンリー山に小鬼オルクの集団、ヴィルケトへーヒ山に人面鳥ハルピュイアの群れ、かあ」


 流石にフラテルニア周辺に大した魔物はいない。

 目ぼしいのはそれくらいだ。

 だが、それと遭遇するには、かなり山越えルートの連続になる。

 果たして平地を行く連中に追いつけるのだろうか。

 いや、速度じゃ絶対無理だな。

 となると、それを上回るポイントを討伐数で稼がないといけない。


 冒険者ギルドには、ハンス・ギルベルトとビアンカも来ていた。

 連中もぼくと考えることは同じだろう。

 魔物討伐に自信があるんだ。

 見掛けなかったサルバトーレは、安全な湖畔ルートで行くのかもしれない。

 びびりの軟派野郎らしいや。


「驚いたな、アラナン君も来ていたなんて」


 ハンスは、人数の少ないぼくの班が山越えを計画していると見て、驚きの視線を向けてきた。


「サルバトーレ君みたいに湖畔沿いに行った方がいいんじゃないかい? でも、サルバトーレ君の班はセイレイス帝国の名馬で一気に駆けるらしいから、追いつくのは難しいと思うけれど」

「金持ちの嫌みだな、サルバトーレ!」


 おっと、思わず本音が漏れてハンスが苦笑しているよ。


「いいから湖畔をお行きなさいな。ハーフェズ様に擦り傷でも付けようものなら、その首ねじ切って差し上げるわ」


 そう言いながら、ビアンカはすでにぼくの首を絞めている。

 どんだけ口より手が早いのこの子!


「けほっ、止めてくれてもいいんだよ、ハンス、ハンス・ギルベルト!」

「いやね、わたしも実はビアンカ君が苦手で……」


 意外と頼りにならない優等生!


 ビアンカの実家モンテカーダ伯爵領は、スパーニア王国の北部にある。

 スパーニア王位はエーストライヒ公爵のヴァイスブルク家が相続しており、ヴィッテンベルク帝国と縁が深い。

 帝国内での発言の強化を目指すハンスのザルツギッター家は、それに対抗してデ・ラ・クエスタ家と誼を結ぼうとしている。


 それはつまり、ハンスとビアンカの婚姻だ。


 だからこそ、優等生のハンスがビアンカを苦手としているのだ。

 この話は、ハンス自身から聞いたので間違いはない。


「何か文句がおありですか、ハンス卿」


 ビアンカが冷ややかな視線をハンスに送る。

 ビアンカの実家デ・ラ・クエスタ家は、サルマティア人のアラニ族との混血が強い。

 剽悍な騎馬の戦士であるアラニ族の血を受け継ぐビアンカにとって、ハンスもぼくも軟弱な男に映るらしい。


 なら、ハーフェズはどうなんだよと突っ込みたいが、余計な被害に遭いたくないので黙っておく。

 はっ、そこが軟弱なのか?


「いや、何でもないよ。行こう、アラナン君」


 慌ててハンスはぼくを誘って逃げ出そうとした。

 その選択に異存はない。

 何だかんだで常識人のハンスは、気取り屋のサルバトーレや乱暴者のビアンカよりは付き合いやすい。

 だが、ギルドを出て行こうとしたところでハンスの足が止まったので、危うくぶつかりそうになる。


「どうしたの、ハンス」

「いや、予想外の人物がもう一人いたものでね……。ある意味、アラナン君より意外だ」


 ハンスが示した先には、黒づくめのフェルトや羊毛の衣装を纏った黒髪の目の鋭い男が佇んでいた。

 アールバード・イグナーツか。

 マジャガル人──エーストライヒ公爵領の東に盤踞する遊牧民族だったかな。

 魔族の末裔とも恐れられる連中だ。


 彼は酷薄な目付きのせいか初等科では孤立気味で、今回もぼっちを集めた三人だけの班構成だったと思う。

 苛烈な剣技を使う印象だったが、身体強化ブーストは大したことなかったはずだ。

 模擬戦の順位はクラスでも中ほどだったかな。


「イグナーツ君の班が山越えできると思わないんだけれどね。余り彼にはいい評判も聞かないし、何か気になるね。彼が会っている男は誰だろう」


 確かにイグナーツは誰かと立ち話をしていた。

 身なりのいい男だな。

 何処かの貴族の家臣と言ったところか。

 ギルドの依頼とは違う雰囲気ではある。


「あいつには気を付けなよ、アラナン君。マジャガル人は人を殺すことを何とも思わない。かつて、彼らの祖先が大陸で大虐殺を行なったことを忘れるなよ」

「あんたらの先祖も追い散らされたんだっけな。だが、ああして見るとただの人間にしか見えないが。問題はイグナーツより……話していた相手の方だな」


 あれはアレマン貴族の家臣だった。

 アレマン人は、ヴィッテンベルク帝国南部からヘルヴェティアに掛けて住んでいる人たちだ。

 だが、ヘルヴェティアに貴族はいない。

 昔はいたが、すでに追い出されている。


 となると、あれは帝国南部の貴族だ。

 マジャガル人のイグナーツが、エーストライヒ公爵領に多いパユヴァール人ではなくて、アレマン人の貴族の手下と話していたことに違和感がある。

 何かきな臭いな。

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