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第三章 黄金の鷲獅子 -6-

 ぼくの番か。


 譲ってくれるのは有難いが、正直あの圧倒的な魔法ソーサリーを見せつけられて、どう対抗していいかわからない。


 この山の小鬼オルクはハーフェズが全滅させてしまったから、次はヴィルケトへーヒ山の人面鳥ハルピュイアだ。

 恐らくこちらも群れでいるだろうが、空を飛んでいるのが厄介だ。

 身体強化ブーストしても空の上には届かない。

 ぼくの魔法の矢マジックアローでは、同時に相手取れて精々四、五羽だろう。


 一撃で人面鳥ハルピュイアを仕留めるなら、風刃グィーで喉を斬り裂くくらい狙わないと駄目だ。

 だが、それで三十羽を超える数がいたら対処できるのだろうか。


 うん、普通にやったら無理だな。


 ヘルンリー山を東に向けて下り、山越えに使っていたフルフテックの小道に戻ってくる。

 そこで呆然としていたハンス・ギルベルトが正気に戻り、慌てて班員たちを急かした。

 ハンスたちの班は、小鬼オルク討伐での功績が零である。

 このままでは、先行しているサルバトーレら平地組に大敗してしまう。


「行かせていいの?」


 マリーが心配してぼくに話しかけてくるが、敢えて無理はしないことにする。

 人面鳥ハルピュイアは空を飛ぶ魔物だからな。

 魔法の矢マジックアローを使える人間のいないハンスの班では、短期で掃討はできないだろう。


「ビアンカの班も先行しておりなんす」


 ファリニシュが鼻を動かして報告してくる。

 どうやら、小鬼オルク討伐を諦めて人面鳥ハルピュイアにターゲットを絞ったようだ。

 いい判断だな、ビアンカめ。

 脳筋のくせに指揮官としての嗅覚は優れているようだ。


「慌てなくていいよ。まだヴィルケトへーヒ山まで十二マイル(約二十キロメートル)はある。山道だし、いま急いでも消耗するだけだよ。落ち着いていこう」


 此処は冷静さが問われる場面だ。

 熱くなってハンスやビアンカに引きられたら、きっとヴィルケトへーヒ山に着く前に自滅する。


「いい判断だ。ま、わたしは平気だけれどね」


 ハーフェズは、また身体強化ブーストのレベルを落としている。

 しかし、生身のぼくらよりは疲労は少ないのだろう。

 あの魔力量は本当に脅威だな。

 人間の限界を超えているんじゃないか?


 それでも、ハーフェズが遅れなくなった分だけぼくたちは前よりペースが早くなっている。

 うねうねと登ったり下ったりしながら、ぼくたちは歩き続けた。

 山の中での野営はできれば避けたい。

 ヴィルケトへーヒ山の近くで休息できるところなら、ヴァットヴィル村が手前にあるはずだ。

 できれば、そこまで辿り着きたいところではある。


「疲れはなさんすか、アラナン」

「いや、大丈夫だけれどどうしたの。イリヤのそんなに難しい顔は初めてだな」

「先ほど、いやな気が西から東に飛んで行きなんした。気を付けなんし」


 よく気が付いたな。

 ぼくの索敵範囲には何も引っかからなかった。

 やはり狼だけあって、ファリニシュの感覚は人間より鋭いな。


 日が暮れる頃には、ヴァットヴィル村に到着した。

 ビアンカは此処の村長宅に宿を取っていたが、ハンスは此処から二マイル(約三キロメートル)ほど山上にある羊飼いの家を訪ねに行ったらしい。

 少しでもヴィルケトへーヒ山に近付こうと言うことか。

 無茶をするものだ。


「ハンス卿に伺ったんですが……」


 珍しくビアンカが歯切れの悪い口調でもじもじしていた。

 何だろう、ちょっと不気味だ。


「ハーフェズ様がヘルンリー山の小鬼オルクを全部片付けたって本当なのかしら?」

「……本当だよ。魔法の矢マジックアローの同時展開で一掃した」

「やはり本当なのですね! 流石はハーフェズ様ですわ。ハンスなど足許にも及ばない強さ。わたくしにはわかっていましたとも!」


 うん。

 あっちの世界に行ってしまわれたようだ。


 ビアンカは金髪に色白の肌の北方系美人ではあるが、どうにも性格が残念で女の子って感じがしないな。

 色んな民族の血が混じっているせいか、異国風の顔立ちで綺麗なんだけれどね。


「アラナン、イリヤがご飯できたって」


 マリーが呼びに来たので、ビアンカとは別れる。

 ビアンカがいつもぼくを締め上げているせいか、マリーは彼女が気に食わないようだ。


「アラナン、気を付けなさいよ。ビアンカって、素直じゃない性格だからね」


 ある意味すごい素直な気もするけれど、女の子から見るとまた違うのかな。

 まあ、こう言うときに反論しても碌な結果にならないので曖昧に頷いておく。


「それにしても、ハーフェズの魔力、あれは人間を超えているわよね」


 戻る途中、マリーはぽつんと言った。


「ハーフェズの故郷イスタフルは大陸の中央にあるけれど、古来から東方との交流は盛んな土地柄よ。この大陸の東方には、昔から魔族タルタルが住まうと言われているわ。千年前に一度、魔族タルタルは魔王とともにわたしたちの国を蹂躙じゅうりんした。三百年前に新しい魔王が魔族タルタルを率いてやって来て、大陸中央まで席巻せっけんしたわ。ひょっとしたら、ハーフェズの家系はそのとき魔族タルタルの血が入ったんじゃないかしら」


 魔族タルタルね。

 ルウム教会が言い出したことだろうな。

 ぼくたちも随分似たような呼ばれ方をしたものだ。

 そのぼくたちセルトの王の血を引くマリーが、そんな科白を言うなんてな。

 皮肉なものだ。


「ぼくにはわからない。でも、この世界には昔は神が実在したと言う。何故いまその姿が見られないかはわからないが、神の力の残滓ざんしは残っている。ハーフェズの魔力もきっとその類だろう」


 何せ、ぼくやマリーもその類だからな!

 人のことは言えないのだよ。


 ファリニシュが村長の家の厨房を借りて用意してくれた夕食を食べ、その日は早々に眠った。

 明日は夜明け前に出発するためだ。


 ハンスに先行されている分を取り戻そうと早起きしたのだが、ビアンカの班も同じことを考えていたらしい。

 狭い山道を一緒に進むことになり、頭を抱える。

 だって、ビアンカがうるさいんだよ。

 何かと突っかかってくるしさ。


 幸いマリーがビアンカを連れていってくれたので、やっと静かになった。

 しかし、ビアンカの班はあれ気にならないのかな。


 隣を歩いていたビアンカ班のセヴェリナに、あの性格について行けるのか聞いてみる。


 セヴェリナ・クラニツァールは、セイレイス帝国に征服されたフルヴェート人である。

 場所としては、ドゥカキス先生の故郷グレイスよりちょっと西かな。

 セイレイス帝国の推薦ではなく、国を捨てて逃げて来たところをオニール学長に拾われたらしい。

 それだけにオニール学長に恩義を感じているのか、真面目に授業に取り組んでいる。

 余り成績はよくないけれど、つんつんしてなくて話しやすいんだ。


 でも、ハーフェズのファンだけれどね。


「ビアンカさんは、いつもは真面目で大人しいですよ。前向きでひたむきな方です」


 あれ、ぼくの尋ね方が悪かったか、別のビアンカと勘違いさせたかな。

 って、ビアンカは一人しかいないよ!

 セヴェリナさん、熱あるのかな。


 くすくす笑いながら、セヴェリナは班員と一緒に行ってしまった。

 入れ替わりに、ファリニシュが側に寄ってくる。

 眉が寄って険しい表情だ。


「主様、血の匂いが漂ってきなんす。急ぎなんし」

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