立て続けにマリーが襲撃されたので、ジャンの護衛に学院の許可が下りた。
仕方ないよね。
だって、マジャガリーのアールバード・イグナーツが平気な顔で登校してきているんだ。
ジャンにしてみれば、気が気でないはずだ。
マリーの背後で怖い顔で仁王立ちするジャンに、初等科の級友たちも若干引き気味である。
ジャンを知る三人組ですら近付きにくいらしい。
自然、マリーの鬱憤が溜まっていっているようだ。
金色の双眸が次第に細められていっている。
あれは、大爆発する前に小さく爆発させた方がいいのか。
それとも、今すぐ逃げた方がいいのか。
エアル島の
此処に、ぼくの心の師匠のレオンさんがいたらどんなに心強いか!
流石に教室の空気が悪くなったので、ドゥカキス先生がジャンに廊下で待機するように指示した。
若干涙目になってはいたが、その勇気に教室はどよめいた。
ぼくも先生の意外な勇敢さに心から敬服した。
ごめんなさい、ドゥカキス先生。
ぼくは今まで先生を見誤っていたかもしれない!
ジャンは渋々廊下に退避し、教室には平和が戻った。
ジャンにはちょっと可哀想だったな。
後で差し入れでも持っていくかなあ。
その日の講義は、
この辺りは、ぼくやハーフェズには意味がない講義だ。
もうすでにできるわけだからな。
だが、魔力を体から切り離すのに苦労している初等科生徒にとっては、この複数の
ぼくはその光景を見ながら、
微弱なものだが、それで模擬戦でも怪我をしにくくなるのだ。
当然、いまの段階では大した強度ではないが、意識をすれば強化をすることはできる。
それを、
無論、ぼくの魔力には限りがあるから、常時そんなことをするわけにはいかないのだが。
そんな風に講義からやや離れた思索に耽っていたところ、ドゥカキス先生から目を付けられたらしい。
複数の
さて、どうするかな。
ちなみに、ぼくの前にはハーフェズが指されていて、何となくできると答えて先生を絶句させていた。
あいつは理論じゃなくて感性なんだ。
天才に説明を求めてはいけない。
「うーん、個別の矢に意識を注ぎすぎないことです」
とりあえず、ぼくも何となくやっていることを言語化しなくてはならない。
「全体を見るようにして、事象のひとつひとつに
「そうですね。では、どうしたら個の事象に拘らなくなれるかしら」
「月並みですが、修練あるのみですね。剣が得意な者は、この全体を見る目を持っている者は多いはず。魔力を自分の体から切り離すことに慣れれば、
ドゥカキス先生は、この答えに満足してくれたらしい。
その間に、ぼくは
魔力消費量的には、こっちの方が優しいはずだ。
ハーフェズのような矢の雨を降らすような相手には使いにくいが、剣を主体とするハンスみたいな相手には有効ではないだろうか。
講義が終わると、ぼくはハーフェズと一緒に帰途についた。
さぼり魔を返上し、初等科ランキングトップを走るハーフェズは、以前にも増して女性徒の人気が凄まじい。
通り過ぎるだけで黄色い歓声が飛んでくる。
さぼり魔をやめたハーフェズは、割りとそんな声にも愛想よく返すので、人気は上昇する一方だ。
反比例して、男性の支持は急降下している。
ハーフェズとよく一緒にいるぼくにも風当たりが強い。
ハンスたち三人組はそんなことないんだけれどね。
サルバトーレが、嫉妬心の強い連中を束ねてのさばり出しているのが面倒だ。
ギルドに寄ると、ちょうどぼくたちの前でイグナーツが報告をしていた。
ぼくが入ってきたのを見ると、その瞳に憎悪と恐怖を宿らせる。
そりゃ、君の騎竜を真っ二つにしたのはぼくだがね。
あれは君が悪いんじゃないかと、そう思うわけですよ。
どうやら、イグナーツは
魔物を狩って、生活の糧にしているらしい。
今後、初等科ランキングで本気を出すのかは見ものだな。
穏やかでない表情ではあるが何とかイグナーツが去ったので、ようやくぼくも魔獣の精算を受付の女の子に頼むことができた。
ルンデンヴィックの黒犬は、過去の事件が原因で莫大な懸賞金が懸けられていた。
その額、実に
おおう、予想より大分高額だった。
ハーフェズと山分けしようと言ったが、金持ちのハーフェズは自分は要らないと固持してきた。
自分で倒したわけではないから、貰うわけにはいかないそうだ。
この間から大分懐も温まったし、今度買い物でもしたいなあ。
ぼくの場合、武器はフラガラッハと
ただ、今日のところは買い物で時間を潰すわけにもいかない。
ハーフェズもいるしね。
連れ立って、アルトシュテッテンの
この時間は、サーイェが見張っているはずだ。
「アンサー・ブランは動くと思うかい?」
ぼくの問いに、ハーフェズは首を振った。
「今更動く理由はないだろう。今回の計画は失敗したんだ。イリヤ・マカロワの力を見誤っていたのが誤算だったな。マルグリットを狙うなら、まずあれを引き離さないといけなかっただろうに」
「そのつもりでいたのかもしれないけれどね。その前にぼくらに会ってしまったのが失敗だね」
リマト川沿いにアルトシュテッテン地区を目指して進む。
川の向こうにはケーファーベルクの丘が見える。
あそこには、学院が管理する初級迷宮があるはずだ。
次の野外実習は、あれの攻略になる予定と聞く。
迷宮攻略は初めてだし、何かわくわくするよね。
そんなことを考えながらアルトシュテッテン地区に入る。
そこでぼくらを待っていたのは、路地に響き渡る怒号と喧騒だった。
何事かと周囲を見回してみる。
殺気だった男たちが、武器を構えて走り回っている。
人相の悪い連中だ。
冒険者などではない。
裏家業の連中だろう。
何を追い掛け回しているのだろうか。
嫌な予感がした。