イグナーツが去ったことは、特に話題に出す者もいなかった。
むしろ、去ってくれてほっとしている者が多かっただろう。
襲撃犯のイグナーツが、のうのうと学院に顔を出すことに怒りと戸惑いを感じる生徒は多かったのだ。
ぼくもあれこれ言いたいことはあったが、彼との試合はいい経験になったことは確かだ。
新しい技も増えたし、確実に強くなれたと思う。
長年の相棒を失ったのが寂しいけれどね。
そろそろあれは卒業しろと言うことなんだろうな。
鉄製の剣を一振り持っているから、普段使う武器はある。
当面はこれで我慢するかな。
フラガラッハは抜けないしね。
地下四階は火山地帯で、熱気が充満している階層だった。
気温を下げるのに魔力を使い、意外と消耗を強いられた。
だが、新しい
その破壊力はかなりのもので、容易く
ボスを倒して得たのは、
竜鱗には及ばないけれど、かなりの防御力はあると思うよ。
次に地下五階に進むと、景色はまた通常の迷宮に戻った。
この階層の敵は、
四フィート《約百二十センチメートル》ほどはある大きな黒い蟷螂は、鋭い鎌のような前脚部が非常に危険だった。
だが、ぼくの
今までより余裕を持って攻撃を避け、掠らせもせずに
見えなかった攻撃が見えるようになった実感があるな。
ジリオーラ先輩の速度に追い付けるだろうか。
地下五階のボス
装甲もなかなか硬く、
必殺の
装甲を破壊したお陰で胴体を両断し、動けなくなったところに止めを刺したのである。
小箱から出たのは、
やや湾曲した片刃の武器で、柄頭に翡翠の珠が嵌め込まれている。
刃の材質は鉄とは違うようだったが、わからなかった。
切れ味はよさそうなので、武器も交換することにする。
地下五階を踏破した日に、初等科でぼくの次に試験を突破した班が出た。
ビアンカとセヴェリナがいる班だ。
ジリオーラ先輩が試験官ではなかったとはいえ、中等科の実力者を負かしてきたのだ。
大したものである。
マリーは大いに悔しがっていたが、ハンスの班は実力者揃いだ。
焦らなくても、じきに突破できるさ。
地下六階で、
相手は、
動きは鈍重なので、先制で斬りつける。
すると、柄頭の
これは魔剣の類か。
斬れ味は恐ろしくいい。
ぼくの魔力も消費しないし、お得な武器だ。
試しに鉄製の剣でそのまま斬りつけたら、刃が欠けた。
地下六階のボスは、
鈍重ではないが、速くもないのが欠点だな。
新たに入手したのは、
これは、念じれば一瞬自分の肌を鎧と化すことができる指環のようだ。
そして、ハーフェズがついにジリオーラ先輩を破った。
ハーフェズの呼び出した
そこに追撃の
ファリニシュの説明では、ハーフェズの
防御呪文を破壊する特性を付与し、
この短期間で何してるんだ、あの天才は。
あいつの魔力は底無しだから、すぐ追い付かれそうなんですけれど!
続けて、ハンスの班もジリオーラ先輩を突破した。
マリーが元々持っていた
ハンスとアルフレートの猛攻に気を取られていたジリオーラ先輩は、マリーの見えない攻撃を受け流せなかった。
意識外の攻撃は対処できない
マリーと三人組は歓喜して派手な打ち上げをやったそうだ。
カレルが羽目を外しすぎてマリーにぶん殴られたらしい。
最近、ビアンカに感化されてきてないかな、マリーさん。
結構仲いいんだよね、あの二人。
ぼくも参加したかったが、これはあの班の打ち上げだしな。
実際、よくあの先輩に勝てたもんだよ。
中等科でも負けなしなのに。
「アラナンさまは、初級迷宮の裏を進まれているようですな」
久しぶりにハーフェズの邸に招かれたぼくに、ダンバーさんが紅茶を淹れてくれる。
「わかりますか」
「はい。気配の変化が感じ取れます。思い起こせば、アセナ・イリグもそうやってみるみる強くなっていきました。初級迷宮の単独挑戦を許されたのは、彼以来二人目でございます」
アセナ・イリグって、
へえ、彼も単独踏破をしたんだ。
あれ、ダンバーさんやシピは?
「わたくしは単独挑戦は許可されませんでした。同じ
相変わらず、ダンバーさんの
アルビオン王国は嫌いだが、これくらいは好きになってもいい。
「でも、ハーフェズも単独挑戦を認められたよね」
ダンバーさんやシピもそうだが、ジリオーラ先輩だって認められていないのだ。
「当然だ。わたしは、
面白そうな表情でハーフェズがぼくを見ている。
こういうときのハーフェズは、冗談を言っていることが多い。
だが、ハーフェズの魔力を知ると、あながち冗談とも笑い飛ばせない。
セイレイス帝国の言葉だな。
ハーフェズの深い湖水のような瞳が、ぼくを底まで引き込むように瞬いた。