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第六章 ツェーリンゲンの狂牛 -1-

 中等科への進級が、正式に決まった。


 シピの試練をクリアした後、オニール学長の許に連れていかれ、そこで正式に進級を告げられた。

 同時にクラスの選択を聞かれる。


 最も人気があるのは属性魔法アトリビュートだ。

 次に召喚魔法サモン錬金術アルケミーあたりが人気が高い。

 対して人気が低いのが、付与魔法グラント妨害魔法オブストラクション、そして基礎魔法ベーシックだ。


 この中から選ぶわけだが、属性魔法アトリビュート妨害魔法オブストラクションはぼくの得意呪文だ。

 殊更学ばなくても、自力で何とかできそうな気がする。

 召喚魔法サモンとかしなくても、ぼくにはファリニシュがいる。

 錬金術アルケミーはもの作りの苦手なぼくには向いていない。


 付与魔法グラントにはちょっと心惹かれていた。

 だが、考えてみれば火焔刃フレイムブレードとかできるし、これも自力で何とかできそうだ。


 それで、最も人気のない基礎魔法ベーシックを選んだ。

 いや、中等科まで来て何で基礎魔法ベーシックってぼくも思うよ。

 でも、あの飛竜リントブルム基礎魔法ベーシックを極めて強くなったと聞いたら、やっぱり気になるじゃないか。


 だが、基礎魔法ベーシックの先生は、ちょうどいまフラテルニアを離れているらしかった。

 連合評議会で発生した問題に対処するため、ベルナルド・シュピリ市長とベールに行っているらしい。


「それなら、ちょうどよいかもしれぬな」


 不吉な笑顔でオニール学長が頷いた。


基礎魔法フンダメンタールの教師スヴェン・クリングヴァルには、今まで生徒がいなくてな。だからベールにやっていたんじゃが……おぬしが彼に師事するというのなら、おぬしもベールに行け。ベルナルドとスヴェンの用事は、おぬしにも関わりがあることじゃからな」

「え、ベールに? メートヒェン山の北西の方でしたっけ……結構遠いですね」


 レオンさんと行ったメートヒェン山への旅は今でも記憶に新しいが、またあの道を行くとなると時間を無駄に過ごす気がする。

 それなら、クリングヴァル先生が帰ってくるまでこっちで自習していたいな。


「移動手段は用意してやるわい。いいから、行ってくるのじゃ」


 でも、駄目らしい。

 ベールとか、嫌な予感しかしないんだよね。

 ご辞退したかったんだが、オニール学長は強引だった。


 ちなみに、ハーフェズは地下十階まで到達したが、シピを捕まえることができなかったらしい。

 出直すと言い残して帰ったそうだ。

 潔いというか、諦めがいいんだな。


「いやいや、彼は地道に実力を付ける道を選んでおるよ、アラナン。シピにも指摘されたじゃろうが、今回の課題は心に障壁を築くこと、魔力を循環して使い消費を抑制すること、相手の魔力の流れを感知すること、そして自分の魔力の流れを隠蔽することじゃ。残念ながらおぬしは小手先の技法で対処してしまったので、後半のふたつは身に付いておらぬ。ハーフェズは、それを身に付けてくるじゃろう。どうじゃな、近道が必ず正しいとは限らぬのじゃ。回り道もまたよしじゃよ」


 うん、返す言葉もないや……。


 ぼくはハーフェズとの競争に焦って、初等科で教わらない属性魔法アトリビュートを使った。

 でも、そのせいで失ったものもあるんだ。


「だから、基礎魔法フンダメンタールを選んだのは、いい選択じゃと思う。彼奴はなかなか生徒を受け入れぬ偏屈じゃが、おぬしなら大丈夫じゃろう。何せ、彼奴はかの飛竜リントブルムの弟子じゃ。唯一基礎魔法フンダメンタール飛竜リントブルムから受け継いだ男、それがスヴェン・クリングヴァルじゃな」


 おおう、思っていたより凄い人だ。

 それなのに、何で生徒がいないんだろう。

 何故か、嫌な予感がするな。


 その後、旅券を処理して中等科へ進級の手続きが終わり、ぼくは解放された。

 明日の朝、手紙と馬を受け取りに学院に来いとだけ伝えられ、学長室を出る。

 おう、外には初等科のみんなが輪を作って待ち構えていた。


「アラナン君、進級おめでとう」


 堅苦しいが素直に右手を差し出してくるハンスは、やはりいいやつだし器が大きい。

 ぼくはハンスの右手を握り締めると、肩を叩いた。


「有難う。先に行かせてもらうけれど、なに、君たちならすぐ追い付いてくるさ」

「追い付きたいけれど、地下三階の森が厄介でさー。漆黒猿ブラックエイプに囲まれてぼこぼこにされるんだよ。クロちゃん先生に相談したら、魔力を感知しろって授業でやってくれたんだけれどさあ。難しくてわかんないぜ!」


 カレルが愚痴を溢すのに苦笑する。

 そうか、本当はあの森で魔力感知ディテクションを鍛えるんだな。

 ぼくは元々森の中で気配を察知するのが得意だったから、それをすっ飛ばしていたんだ。


「まあ、ぼくも学長に小手先で誤魔化さずに地力を付けろってお説教されたところだよ。カレルは頑張って覚えるんだな」

「えー、大体木の上とか相手にできないぜ……」


 悄然しょうぜんとするカレルの陰から、ひょっこりとアルフレートが顔を出す。

 その横にジリオーラ先輩もいるな。


「ねえ、アラナンさんは何処の学科にしたんですか。属性魔法アトリブートが得意ですし、やっぱりそこですか?」

「せやなあ、アラナン。うちと一緒にやったろやないか」

「いやいや、ぼくは基礎魔法ベーシックにしたから」

「はあ? 基礎魔法バジコやて? あかん、あんな偏屈な男のところはあかんて!」


 基礎魔法ベーシックにしたと言ったら、流石にみんな驚いた。

 ジリオーラ先輩はクリングヴァル先生のことを知っているのか、結構辛辣に否定する。

 カレルも物好きだと唸っているね。


「あら、いいんじゃないかしら、基礎魔法バズ。アラナンもゆっくり基本を身に付けた方がいいわよねえ」


 あ、あれ、何かマリーとジリオーラ先輩が睨み合っているな。

 まあ、もう決まったことだから、今更変更しないけれどね。


「う、うん。オニール学長にもそう言われたよ。それで、クリングヴァル先生がいまベールに行っているんで、明日から暫くベールに行かないといけないんだ。急な話なんだけれど」

「ベールだって? 本当に急な話だね」

「おいおい、本当かよ。じゃあ今日は送別会か?」

「何よ、また旅行? いい気なものね!」


 何か理不尽な科白が混ざっているな。

 とりあえず気にしないことにして、スヴェン・クリングヴァル先生が、ベルナルド・シュピリ市長と一緒にベールの連合評議会に行っている話をする。


 すると、思わぬところから反応があった。

 マリーの後ろで佇んでいたジャンだ。


「ああ、あの件……」


 そこまで言って、はっとジャンは口をつぐむ。

 だが、すでに遅い。

 その両脇に素早くマリーとジリオーラ先輩が回り込み、腕を取って動きを封じた。


「あらあ、ジャン。ジャン・アベラール・ブロンダン。何を知っているのかしら」

「きりきり吐いて貰おうやないか、なあ」


 狼狽えるジャンが連行されていく。

 アルフレートがカレルと顔を見合わせ、ぶるっと体を震わせた。

 あれは怖い。

 ジャンよ、安らかに眠れ。


「ちょ、ちょっと、追おうよ、アラナン君。わたしたちも聞きたい」


 ハンスがぼくを正気に戻してくれた。

 ああ、そうだ。

 ぼくこそジャンの情報を手に入れないと!


「まっこと野暮でござんすなあ、ジャンは」


 ファリニシュの言葉が走るぼくの耳に流れてくる。

 あれ、こいつはファリニシュも知ってたのかな!

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