ところが、今日の中庭はいつも以上に人が多い。ぽかぽかと暖かい陽気に誘われて、ベンチやテーブルには先客が溢れている。仕方がなく、植え込みの石段に腰を下ろし、コンビニで買ってきたパンにかぶりつく。
――あんなモテる人が、なんでわざわざ俺とご飯なんて……。
どう考えても不自然だ。絶対、軽い冗談か冷やかしだ。そんな思いが頭を支配して、パンの味すらわからない。木陰に漂うひんやりとした空気が、今の自分の心を映し出しているかのように感じた。
先ほどの出来事を考えながらぼんやりしていたところへ、突然後ろから元気な声が飛んできた。
「やっと見つけた!」
肩がびくりと震え、驚いた拍子に手の中のパンを落としかける。
「わっ……!」
慌てた俺より先に、すっと長い腕が伸びてパンをキャッチしてくれた。
「危なかったね。はい、どうぞ」
まるで英雄のようにパンを差し出すのは、やはり陽翔だった。彼はまぶしい笑顔を浮かべながら、春の日差しを背に金色の髪をきらきらと揺らしている。
「……あ、ありがとう……ございます……」
何とか礼を言い、再度逃げようと立ち上がりかけるが、周囲のベンチも通路も人でいっぱいで、すぐには動けない。それを見た陽翔は隣に当たり前のように腰を下ろし、今日はサンドイッチの詰まった包みを取り出す。
まるでSNSで見るカフェごはんのような、カラフルなサンドイッチ。昨日の手作り弁当もそうだったが、彼が食べているものはどこか手が込んでいて、見た目も鮮やかだ。自分で作ったのか、もしくは誰かに作ってもらったのか――聞きたいけれど、そんな余裕はまったくない。
隣で「うまいっ!」と満面の笑みを浮かべながら頬張る陽翔とは対照的に、俺のパンはやけに味気ないままだ。
「……叶翔くん、もしかして、俺のこと避けてる?」
いつも明るく弾むはずの声が、少しだけかすれて聞こえた気がした。ちらりと横目で見ると、陽翔はサンドイッチを持つ手を止め、心細そうに顔を伏せている。
「俺って……そんなに怖いかな……?」
その言葉には、彼の本音がこぼれ落ちているように感じた。まっすぐで裏表のない彼が、冗談抜きで傷ついている――そんな雰囲気が滲む。
思えば、陽翔が俺に何か強引なことをしたわけじゃない。ただ距離を詰めようとしてくるだけで、嘲笑や悪意らしきものは感じられない。でも、俺がここまで逃げ回るのは……。
「こわ……くは、ない……。けど……」
声は消え入りそうだったが、陽翔には届いたようで、ぱっと顔を上げる。
「ほんと? 良かった! なんか嫌われてるのかと思って、ちょっと落ち込んでたんだよね……。俺、叶翔くんと仲良くなりたいんだ。だから、また一緒にランチしてくれないかな?」
――仲良くなりたい……。
その言葉がすとんと胸に落ちた。俺なんかと……と否定したくなる気持ちと、彼の純粋な瞳にほだされそうになる気持ちがせめぎ合う。
ほんの一瞬、けれど確かに頷いた自分がいた。すると陽翔は、子どものように弾ける笑顔を咲かせる。
「やったー! じゃあ明日からここでお昼食べようね。連絡先、交換……って、やばっ! 俺、次の授業があった!」
あわててサンドイッチを片付けると、バタバタと走り去っていく陽翔。その背中からは明るいオーラが放たれていて、まさに春の陽光そのものだった。
残された俺は、まるで小さな嵐が去った後のような静寂の中に一人取り残される。だが、その胸の奥では、得体の知れない“あたたかさ”が広がっていた。
――怖いのは陽翔さんそのものじゃない。俺が、人に期待して裏切られることが何より怖いんだ……。
以前の高校生活のことを思うと、胸がきしむように痛む。あの苦い記憶だけは二度と味わいたくない――。それでも、陽翔の無垢な笑顔に少しだけ心が揺れていることに気づいてしまう。