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第8話 "絵"の正体

 ――絶対バレちゃまずい……。またあの時みたいに、ネット上で晒されたら……。


 嫌な思い出が頭をよぎり、心臓がぎゅっと締め付けられた。過去に受けた仕打ちを思い返すと、手足が震えそうになる。


 次の授業まであと少し。気持ちを落ち着かせようと教室へ向かう道すがらも、どうにも胸の鼓動が速い。人気のない教室の一番後ろの席で、始業を待つ間にプリントが配られてくる。何か書き込んで落ち着こうと、つい余白にさらさらとラフスケッチをしてしまう。


 だが、授業が終わって片付けをしているとき、一枚のプリントが床に落ち、拾おうと身を屈めたところで先に誰かの手が伸びてきた。


「はい、これ落としたよ」


 顔を上げると、そこにいたのは芽衣だった。彼女はプリントを差し出したまま、じっとイラストの描かれた余白を見つめている。


 ――まずい……。


 こちらを見つめる芽衣の表情は、さっきよりも複雑そうで、何かに気づいたような、思い出したような――そんな色が浮かんでいた。でも、何も言わずにプリントを俺の手に渡し、さっと立ち去っていく。


「……ありがとう……」


 その背中を見送る間、胸の鼓動がうるさいほどに鳴り響いていた。ラフスケッチに描いていたのは、バンドのメンバーらしき立ち絵だ。もしこれが、芽衣が知っている有名イラストレーターの絵柄と似ているなんてことになったら……。


 嫌な汗が額を伝う。過去のトラウマが頭をもたげ、全身がこわばる。


 ――もう、二度と繰り返したくないのに……。あんな思いは、もう……絶対に。


 プリントを胸元に押し当て、身震いを押し殺す。外では春の陽射しが穏やかに降り注いでいるというのに、俺の心は雲のかかったまま、暗い影が広がっていた。


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