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第28話 鍵をかけた世界

 自宅マンションに帰り、電気をつけることもせず、ベッドの上で膝を抱えてスマートフォンでSNSを眺めていた。外の光すら入れたくなくて、カーテンを閉め切っている。どんどん増えるフォロワーと、通知。そして不躾な言葉の数々。それらが、俺の心を少しずつ削っていく。


 俺は耐えきれなくなって、創作アカウントを非公開にして鍵アカウントにすることで、今後、勝手にフォローされないようにした。そして、今までフォローしていたアカウントを全て解除していく。指先が震えているのに、画面をタップする動きは機械的だった。コメントは返信制限をかけて、誰からもコメントを受け付けないようにした。


 非公開アカウントにしたら、少しは無断転載や拡散されるのは落ち着くかもしれないが、それでもすでに拡散されているのを抑え込むことは難しい。暗い部屋の中で、スマートフォンの画面だけが青白く光っている。その光が、俺の顔に涙の跡を照らし出す。


「……また、前みたいに拡散されちゃうのかな……」


 SNSの拡散にうんざりする。もう、これ以上は見てられない。そう感じてスマートフォンの電源を落とそうとしたちょうどその時、芽衣からメッセージが届いた。


『叶翔の描く世界は、誰のものでもなく、叶翔自身のものなんだよ。誰も邪魔できないんだから。好きって気持ちまで、閉じ込めなくていいからね』


 メッセージを見ている画面に、涙がぼたぼたと落ちた。芽衣に返信することはできなかったが、その言葉だけが心の隅に残った。暗闇の中で、ぽつんと灯る小さな希望の光のように。


 ――絵を描くのも、陽翔さんを好きなことも、どっちもやめたくないな……。


 誰かに見られて、辛い言葉をかけられるのが嫌で、アカウントに鍵をかけてしまった。でも本当は、見て欲しかった。陽翔にだけは――。


 胸の奥がズキズキと痛むのが分かった。暗い部屋の中で、俺は陽翔の姿を思い浮かべる。彼の「好きな子守れない」という言葉が、何度も何度も頭の中で繰り返される。その言葉が、今は痛みを伴うけれど、温かさも同時に持っていた。


 ――もう一度、あの目を見たい。もう一度、陽翔さんと話したい。


 だけど、恐怖が俺を縛り付ける。高校の時のトラウマが、蘇ってくる。信じて裏切られた記憶が、俺の心を引き裂く。どうすればいいのか分からなくて、ただベッドの上で体を丸めたまま、夜が明けるのを待った。


 窓の外の闇が少しずつ色を変えていく中で、俺の中にも小さな変化が生まれ始めていた。


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