ステージパフォーマンスの始まる時間まで、芽衣と二人で模擬店を食べ歩きした。どの人も俺に冷たい目を向ける人など一人もおらず、ホッとした。たこ焼きの熱さで舌を火傷しそうになりながらも、久しぶりに外の空気を満喫していた。
その時、急に一人の女子学生から声をかけられた。
「あの……。ハルトのイラストの絵師さんですか?」
安心しきっていたところに、アカウントのことで声をかけられ、体が固まってしまった。喉がカラカラに渇き、背中に冷たいものが伝った。足がわずかに震え始め、逃げ出したい衝動に駆られる。
「私、あのアカウントのフォロワーなんです。絵のタッチが大好きで。いつもイラスト見て、今日も頑張るぞ! って思ってたから、新しくアップされないの、寂しいです」
俯いたその女子学生は、本当に寂しそうな顔をしていた。その瞳には、嘘偽りのない残念さが浮かんでいる。
「ハルトの絵も素敵でした! またハルトとかバンドメンバーのイラスト上げてください!」
女子学生は頬を赤らめて、丁寧にお辞儀をしてその場を去っていった。小さな背中が人混みの中に消えていく。
キモいとかサイテーとか言われるのかと思っていたのに……。俺のアカウント、みんなの心に浸透していたんだと思うと、じんと心の奥が暖かくなった。目に涙が浮かぶ。
「ほら、みんな叶翔のイラストが好きなんだってば。BLUE MOONの公式でも叶翔のアカウント紹介してたしねー。メンバーもみんな、好きみたいだよ」
芽衣の言葉に、胸の中で何かが溶けてくような感覚があった。
「……うん、うん。……考えてみる」
俺はコクコクと頷きながら、急な嬉しい出来事に、頬を赤らめて俯いた。顔が熱くなるのを感じる。
――うれしい。
フォロワーの生の声。本当に、人の役に立ててるんだと思うと、今までにない高揚感に襲われた。この気持ちは、以前の俺なら想像もできなかった。
「叶翔、そろそろステージに行こうよ」
芽衣がキャンパス内に設置された特設ステージへと引っ張って行ってくれた。そこではすでにパフォーマンスが始まっていて、今は『戦隊ヒーロー研究会』のパフォーマンスが行われていた。五人がそれぞれテーマカラーの衣装を纏い、戦隊ヒーロとなって敵を倒していくパフォーマンスをしていた。観客は歓声を上げたり、笑ったりしている。
「遊園地とかショッピングモールでショーやってますので、みなさんぜひ見にきてください!」
パフォーマンスが終わったら、赤い戦隊服を着た男子学生が大きく手を振りながら宣伝して帰っていった。観客からは「がんばってー」「見にいくねー」と声をかけられ、笑顔を振りまいて袖に下がって行った。
「いろんなサークルがあるんだな……」
俺はサークル活動には全く興味がなかったので、感心してしまった。それぞれが情熱を持って活動している姿に、何か心を動かされる。
「そうだよねー。みんな楽しそう」
芽衣は気にもたれかかりながら、たこ焼きを食べている。見た目はロッキーでかっこいいのに、中身はいつもの芽衣だった。そのギャップに思わず笑みがこぼれる。
二人で他愛もない話をしながら次のステージの開始を待っていると司会者の声が聞こえた。
「それではみなさん、お待たせいたしました! こちらのステージ最後のパフォーマンスは、お待ちかね、軽音サークルのBLUE MOONです。それでは、どうぞ!」
その声を合図にキャーと黄色い声があちこちから上がった。周りの熱気に飲み込まれそうになる。
ステージに目をやるとバンドメンバーが三人すでにスタンバイしてた。センターの一番前に、ギターを肩から下げた陽翔が立っている。前髪をアップにして、モデルのような顔は普段より大人っぽく見えた。いつもの優しい眼差しではなく、ギラギラとした『俺に惚れてくれ』と言わんばかりの笑顔を見せつけていた。その表情には、かつて見たことのない魅力があった。
「お前ら、待たせたな」
陽翔はスタンドマイクの前で声を出した。ファンの女子学生たちの黄色い悲鳴が響き渡る。その声に埋もれそうになりながらも、俺の耳には陽翔の声だけがはっきりと届いていた。
「それじゃ、今日は楽しんでいってくれ」
そう言うなり、曲が始まった。ギターのリフが会場に響き渡り、拍手と歓声が沸き上がる。会場全体がBLUE MOONの楽曲に体を揺らしている。陽翔もギターを揺らしながら、ノリノリでパフォーマンスをしていた。彼の姿は、まさに輝きそのものだった。
俺はただ陽翔だけを見つめていた。その姿に目が離せなかった。
「……すごいな……」
あまりの迫力にびっくりしたと言うより、陽翔が輝いて見えて、遠い世界の人のように感じてしまった。ステージの上の彼と、こんな場所にいる自分とでは、世界が違いすぎる。
「ね、すごいでしょ? メジャーデビュー、きっと在学中にすると思うよ」
芽衣の声が遠くに聞こえる。ライブの音が大きいからじゃなくて、陽翔の歌声をひとつも聴き漏らしたくないと言う気持ちからかもしれない。
周りの喧騒から切り離されたように、陽翔の声しか届いていなかった。その声は、まるで俺だけに歌っているかのように感じられた。
――あぁ……。陽翔さんは、こんな遠い世界の人だったんだな……。
俺が近づこうなんて、間違いだったのかもしれない。星を手に入れようとするかのような、無謀な挑戦だったのかもしれない。
そう思うと、胸が苦しくなった。心臓が締め付けられるような痛みが走る。