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第33話 信じたいと、思ったんだ

 ライブが終わり、名残惜しそうにフェス会場を後にする人たちを横目に、俺は校舎裏に立ちすくしていた。夕暮れの柔らかな光が校舎の影を長く伸ばしている。辺りが静まり、遠くから人々の声が聞こえる。みんなの歓声が遠くに聞こえる。


 胸の高鳴りがいつまでも落ち着かない。ドキドキする心臓の音が、自分の耳にも聞こえるほどに。俺は、胸に手を当てて、ぎゅっと胸元を握りしめた。


 ――陽翔さんに愛されることが、怖いって思っていた。でも、この胸の高鳴りは、誰にも嘘つけない。


 高校時代のトラウマも、最近起きた嫌な出来事も、全て洗い流されるような感覚だった。陽翔の言葉が、俺の心の傷を優しく包んでくれている。


 自分の気持ちを整理するように、深く深呼吸をした。春の夕暮れの空気が肺の中に染み渡る。もう、嘘をつきたくない。この気持ちに。そして、信じてみたい。陽翔のまっすぐな声を。


 そばにいた芽衣が、俺の肩をポンと叩いた。その感触が、現実と夢の狭間にいた俺を引き戻す。


「叶翔。もうそろそろ、自分の気持ちに正直になってみたら?」


 その言葉は俺の胸の奥までまっすぐ届いた。やさしくも、強い言葉だった。


 ――もう、逃げるの、やめよう。


 自分の気持ちに正直になりたい。メジャーデビューも目の前でスキャンダルを避けたいはずなのに、大勢の観客で陽翔は自分の気持ちを曝け出してくれた。その気持ちに、俺も、応えたい。


 芽衣が遠くを見て、口角を上げた。


「あたし、そろそろ撤収の手伝いしてくるね」


 芽衣は手を振りながらステージへと向かっていった。新緑の青い香りを纏った温かい風が俺の髪を揺らした。


「君が歌った世界に、俺がいてもいいのなら――、もう、逃げないって、決めてもいいですか?」


 俺は瞬く星空を見上げて、陽翔に向き合うことを決めた。恐怖と期待が同じ速度で脈打つ。けれど今は、前に進む足が震えていることさえ誇らしかった。


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