放課後、待ち合わせまで少し時間があったので、俺は図書館に行った。いつもの窓際の席に座り、絵を描いていた。鉛筆が紙の上を滑る音だけが静寂に響き、その心地よさに包まれる。いつもならばこの時間が俺の救いだった。でも今日は違う。今日は彼に会える。あまりにも集中してしまい、時間が経つのを忘れていた。気づくと待ち合わせの時間が過ぎていて、慌てて遅れると言うことを陽翔にメッセージで入れた。
走って正門に行くと、陽翔がスマートフォンをいじりながら佇んでいた。夕焼けに輝く彼の横顔に、しばし見とれてしまう。
「ごめん。遅れて……」
俺は息を切らしながら謝ると、陽翔は「大丈夫だよ」と優しく微笑んだ。その笑顔が刺さる。
「何かあったの?」
遅れた理由を陽翔から聞かれて、うっと言葉に詰まった。言うべきか……。彼に隠し事をするのはもうやめよう。
「……実は、絵を描いてて……集中し過ぎてた」
ちらりと陽翔を見ると、眉を下げて嬉しそうな顔をしていた。彼の目が輝いている。
「やっと言ってくれたね! あの俺が好きな絵師さんのアカウント、叶翔くんだったんでしょ?」
「……うん……」
「またイラスト、アップしてね! 楽しみにしてるから。俺、叶翔くんのイラストのファンだし」
陽翔はそれ以上、何も言わなかった。彼はそれを咎めるどころか、むしろ喜んでいるようだ。この人は本当に優しい。
「陽翔さんのイラスト、勝手に投稿して、怒ってないの?」
「なんで?」
陽翔は首をこてんと傾げて不思議そうに俺を見てきた。その純粋な表情に胸が痛む。
「俺って、こんな表情してるんだって嬉しかったけど?」
「そっか……」
俺はふっと微笑んだ。すると陽翔が大騒ぎをする。
「今、叶翔くん笑った! あーもう、また写真撮れなかったじゃんっ! 笑う時、笑うって言ってよー」
俺はぷははと笑った。それまで緊張していた体が、一気に力が抜けるように解放される。
「そんな、『今から笑いますよ』なんて言えるわけないじゃん」
ふたりでケラケラ笑いながら公園のベンチに腰掛けた。街灯がぽつぽつと灯る住宅街の公園は誰もおらず、ひっそりとしていた。春の夜の風は、少しひんやりとしていた。陽翔と肩が触れ合う距離で並んで座り、その温もりを感じる。
「今日、お弁当ありがとう。弁当箱、洗って返すね」
俺はまず、心を落ち着かせるために何気ない話をし始めた。緊張で少し手が震えている。心臓が早鐘を打ち、息がうまく吸えない。
「あ、今、もらうよ? どうせ家に帰ったら洗うし」
陽翔が手を伸ばしてきた。俺はバッグから弁当箱を出して手渡した。視線が交差し、心臓の鼓動が早くなるのが分かった。
陽翔は受け取った弁当箱を紙袋に急いで片付けると、少し俯いて忙しなく、手を開いたり閉じたりしていた。その手の動きから、彼が緊張しているのが伝わってくる。
「叶翔くん、この前、みんなの前で告白してごめんね。でも、俺、本気なんだ。叶翔のことが、好きだ。付き合ってほしい」
俺をまっすぐ見つめる陽翔の瞳の奥が揺れている。そこには不安と希望が交錯している。
――陽翔さんはこんなに何度も、まっすぐに気持ちを伝えてくれてる……。俺も……。
気持ちを伝えるぞと思うと、手が小刻みに震えて冷たくなった。でも、もう逃げないと決めたから。陽翔のように、正直に。
「俺も……、陽翔さんが、好き……」
きちんと陽翔の目を見つめて、自分の気持ちを伝えた。目と目が合い、その瞬間、心が通じた気がした。
「今まで、怖くて言えなかった……。怖かったけど、今は、ちゃんと、好きって言いたいんだ。俺と、付き合ってください」
陽翔の目が潤んで光っていた。その瞳が光を集めて、宝石のように輝いている。
「嬉しい……。人を愛するってこんなに辛くて苦しいんだって、初めて知った……」
陽翔はくしゃりとした顔をして笑った。何も悩んでいないように見えて、陽翔もいろんなことに心を砕いたのだろうか。その表情は安堵の色が滲み出ていた。