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第37話 触れて、知った熱

 陽翔がそっと手を重ねてきた。そこから彼の体温を感じる。温かい。俺の中に優しく温かさが広がっていった。凍えていた心が溶けていく。


 陽翔に優しく抱きしめられる。俺は少し震えたが突き放すことなく、それを受け入れた。彼の胸の鼓動が俺の体に伝わってくる。それはとても早い。


「もう、絶対、離したくない……」


 耳元で陽翔に囁かれ、背筋がぞくりとする。その声が耳から心を経由して、全身に広がっていく。


「俺、怖かったんだ。過去に色々あって……陽翔さんのこと好きになったら、壊れるんじゃないかって……」


 陽翔の胸に顔を埋めて言うと、彼は優しく髪の毛を撫でた。太い指が優しく髪に触れる感覚に身を委ねる。


「大丈夫。壊さない。俺が守る……。何があっても、絶対に」


 陽翔が体を離して、愛おしそうな表情で見つめ、俺の左の頬を手のひらで包んだ。彼の手の熱が頬から伝わってくる。温かい。俺は、陽翔の手に自分の手を重ねた。


「うん……」


 陽翔の手のひらに頬を擦り付けると、陽翔の親指が俺の下唇をするっと撫でた。触れるだけで、鳥肌が立つ。


「叶翔、キス、していい?」


 その言葉に、俺の中で何かが震えた。陽翔の瞳が、街灯の光を集めて揺れている。これまで何度も目をそらしてきた相手と、今、まっすぐに見つめ合っている。


 怖い、怖い、なのに――。


 俺はこくんと頷いた。もう、逃げない。今度は違う。今度こそ、自分の気持ちに素直になりたい。


 陽翔の顔が徐々に近づいてくる。彼の吐息が頬を撫で、温かさと甘い匂いが鼻をくすぐる。その顔が近づくにつれて、心臓が早鐘を打ち始め、呼吸が浅くなる。世界がスローモーションになったような感覚。目を閉じると、柔らかな感触が唇に触れた。


 ――優しい。


 まるで壊れ物を扱うような、繊細で丁寧なキス。陽翔の唇は想像していたよりずっと柔らかく、温かかった。甘い吐息が混ざり合い、春の夜風さえも暑く感じる。その一瞬の接触だけで、体中の感覚が高まり、指先までしびれるような感覚が走った。


 一度離れた唇が、今度は角度を変えて再び重なる。今度はもう少し長く、もう少し深く。


 ――ああ、こんな気持ち、初めてだ。


 これまで誰かに触れることを恐れていた。その度に高校時代のトラウマが蘇り、体が強張っていた。でも今は違う。陽翔の唇に触れるたび、昔の怖れが薄れていく。代わりに胸の中に広がるのは、温かな安心感と、今まで味わったことのない高揚感。


 何度も軽く触れ合うキスが続く中、俺の中の何かが徐々に解けていくのを感じる。長い冬が終わり、凍てついた心に春の陽だまりが差すような感覚。


 「叶翔……」


 囁くような声で名前を呼ばれ、俺は震えた。その声に惹きこまれるように、今度は俺から顔を近づける。陽翔の瞳に驚きが浮かび、すぐに柔らかな笑みに変わる。初めて、自分から誰かに触れようとしている。心臓が跳ねるような音を立てている。


 じっと見つめ合う時間が、永遠のように思えた。陽翔の瞳に映る自分は、今までに見たことのない表情をしていた。怯えも、不安も、どこかに消えている。今は、ただ、目の前の人への想いだけで満たされていた。


 陽翔の手が頬に触れ、やさしく撫でる。その温もりに身を任せると、今度は深いキスへと変わっていく。陽翔の舌先が唇をなぞり、そっと合図するように触れてくる。


 ――怖くない。彼となら。


 震える呼吸の中、少しずつ唇を開く。陽翔の舌が優しく入ってきて、俺の中を探るように動き始める。初めての感覚に戸惑いながらも、体が自然と反応していく。舌と舌が触れ合う瞬間、全身を電流が走ったかのような刺激が襲う。


 陽翔の舌が俺の舌をそっと誘い、絡め取っていく。最初は戸惑い、身をすくめていた舌が、少しずつ、おずおずと応えていく。彼の優しさに導かれるように、初めて味わう感覚の波に身を委ねる。


 上顎を舌先でなぞられた時、思わず小さな声が漏れた。陽翔の腕が強く抱きしめてくるのを感じる。体が密着し、彼の鼓動が伝わってくる。それは俺の鼓動と同じように、激しく高鳴っていた。


 ――陽翔さん、好きだ。


 二人の間に響く息遣いと、かすかな水音だけが時間の流れを教えてくれる。周りの世界は消え、今、ここにあるのは陽翔と俺だけ。


 キスが深まるにつれて、俺の中の最後の壁が崩れていくのを感じる。長い間押し込めてきた感情の堰が切れ、温かな波が全身を駆け巡る。気持ちのままに、俺は陽翔の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きついた。筋肉の固さや輪郭が手のひらに感じられ、その実感が、これが夢ではないことを教えてくれる。


 なんて温かいんだろう。なんて愛おしいんだろう。


 今まで誰かを愛することが、こんなにも満たされる感覚だとは知らなかった。唇を重ねるたび、体を寄せるたび、俺の中の恐れは溶けていき、代わりに確かな安心感と愛しさが広がっていく。


 何度も角度を変えて唇を重ね、舌を絡め、吐息を交わす。時間の感覚は曖昧になり、いつの間にか俺たちはぴったりと、互いに体を寄せ合っていた。キスの合間に垣間見える陽翔の顔は、潤んだ瞳と熱を帯びた頬で、いつも見せるクールなステージの表情とは全く違った。それは俺だけが見ることを許された、彼の素顔。


 彼の腕の中で、初めて本当の自分を出せる気がした。怖がらなくていい。隠さなくていい。目を逸らさなくていい。繕わなくていい。全部の感情をさらけ出して、それでも抱きしめてくれる人がいる。


 陽翔の舌が俺の口内をゆっくりと撫で回し、舌を誘い、絡め合う。甘く暖かい唾液が混ざり合い、二人の距離を溶かしていく。俺はもう我慢できずに、陽翔の舌に応えて積極的に絡み合った。彼の優しさに包まれながら、初めて自分から誰かを求めている。


 ずっと冷たく凍えていた心が、陽翔の温もりに触れて溶け始める。それは痛いくらいに温かく、胸の中心から全身へと広がっていく。


 キスの途中、ふと目が合う。彼の瞳に映る俺の姿は、これまで見たこともない表情をしていた。怯えも、不安も影も、どこかへ消えていた。今は、ただ純粋に愛されている喜びと、愛する幸せだけが、そこにはあった。



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