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第40話 ふたりで過ごす、ふつうの休日

 バンドメンバーとの話が終わり、俺と陽翔は席を立った。拓真と晴臣にお辞儀をして、カフェを出た。外は初夏を思わせる日差しだが、湿気がなくカラッとしているからか過ごしやすい。木漏れ日が通り沿いの歩道を斑模様に彩っている。


「陽翔、改めて、おめでとう!」


 俺は陽翔に笑顔を向けると、「ありがと」と小さく呟いてスッと手を繋いできた。指を絡ませて恋人繋ぎをする。ついでに手の甲にチュッとキスを落としてきた。


「……っ! な、何っ……!」


 頬が熱くなり、思わず周囲に目を配る。でも、誰も気にしていないようだった。


「だって、あいつらさー。今日デートだって言ったのに、その前に連れてこいって言うんだもん。二人っきりの時間、少なくなったじゃん」


 こてんと俺の肩に頭をのせて甘えてくる陽翔は可愛い。その重みが、今ではすっかり心地よく感じられるようになっていた。


 がっ! こっちは初彼氏、初デート、初屋外恋人繋ぎなんで、結構テンパってるんですけど?


「ま、まぁ……、それもそうだけど……」


 俺は愛おしい陽翔の髪の毛に手を入れて、頭を撫でてやった。スリっと擦り寄ってくる陽翔は本当に大型犬のようだ。ついでにつむじにキスを落としてやると、機嫌が治ったのか、顔をあげ元気よく言った。


「叶翔、大好きっ! じゃあ、行こっか?」


 急な襲撃に俺は思わず赤面してしまった。陽翔の「好き」という言葉は、いつも真っ直ぐに胸に刺さる。迷いのない、嘘のない、純粋な思い。俺たちは手を繋ぎ、肩を寄せ合いながら当初の目的のデートへと向かった。


 デートと言っても、どこか特別なところに行くわけでもない。


 まず本屋に行って、俺はイラスト関連の書籍の棚の前で、陽翔は音楽関連の棚の前で雑誌や本を立ち読みしていた。本のページをめくる指の動きには、目に見えない熱量がある。きっと、聴いたことのない音が頭の中で鳴り響いているのだろう。


 一通り見終わった陽翔が、スッと俺の後ろにピッタリとくっついてきた。


「どう? なんかいい本あった?」


 言葉をかけると同時にするっと手を繋いでくる。さりげなくやってくれるのだが、俺は反射的に体がビクッとしてしまう。まだ、こういうことには慣れない。


 カフェでは向かい同士に座り、お互い頼んだランチを「あーん」と食べさせる。これは毎日のように大学の中庭でお弁当を食べる時にやっている行為で、もうすっかり慣れてしまった。陽翔の箸から伸びる食べ物を口に入れるとき、彼の眼差しが柔らかくなる。俺を大切に思っているのが、そこからも伝わってくる。


「見て! あの二人、すっごいイケメン!」


「声、かけてみる?」


「やだ! レベル高すぎるもん」


 近くの席に座っている女性たちがこちらを見て囁いているが、気にならない。だって、今はいつもそばに陽翔がいるから。その存在が、俺の心の盾になってくれる。


 その声を聞いた陽翔は大きくため息をついた。


「はぁ……。叶翔はホント、かっこいいんだよなぁ。俺に対してはかわいいけどね」


 そう言いながら、俺の前髪をサラッと上げてくる。


「や、やめろよ。そんなことないって……」


「まったく、自分の美に無防備すぎるって。罪な男だわー」


 陽翔は俺の髪を掬い上げていた手をほおに滑らせてくる。指先の熱が頬を伝ってきて思わずドキッとした。


 ランチを終えると、ショップを見て回った。雑貨屋で気になったキーホルダーがあって、それをじっと見ていたら、陽翔が声をかけてきた。


「それ、お揃いで買おうか?」


「いいの?」


「もちろん! なんかお揃い持ってるとうれしいじゃん」


 二人で色違いのキーホルダーを買う。なんだか繋がりができたみたいで嬉しかった。小さな証だけど、大きな意味を持つものだ。


 ――大学で会うのと違って、デートって楽しいな。ふたりで歩くのが、こんなに特別に思えるなんて……。


 前は誰かから見られるのが怖かった。でも、今はもう怖くない。だって、隣には陽翔がいる。彼のそばにいると、周りの視線など気にならなくなる。そのことに気づいたとき、自分でも驚いた。


 俺は横を歩く陽翔を見つめて、幸せを噛み締めた。


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