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第43話 恋人、なんだよね

 寝室に移ると、ベッドカバーの青が二人を包み込んだ。廊下の灯りが微かに差し込み、陽翔の横顔を柔らかく照らしている。


 待ちきれないとばかりに陽翔が激しくキスを繰り返してきた。息を吐く暇がないほど深く激しいキス。俺は下腹部の奥がじんじんと痺れるのを感じた。


 とん、とベッドに寝かされ、またキスを繰り返す。覆い被さってきた陽翔の下半身がすでに硬くなっているのが分かった。その感触に一瞬怯んだが、陽翔の熱い吐息が俺の不安を溶かしていく。


「……叶翔、愛してる……」


 俺の服を脱がせようとしてくれるのだが、指先が震えているのが分かった。その震えは緊張なのか、興奮なのか、それとも不安なのか。でも――。


 ――俺と同じなんだ……。


 どんなことをするのかは知識で知っているが、いざするとなると恐怖が先に立ち、体が震えてくる。陽翔だって同じだ。彼も初めて。彼も不安。その事実が、妙に安心感を与えてくれた。


「……陽翔……」


 俺から唇を重ねると、少し安心したようで指先の震えが止まった。俺の服を脱がし、自分の服も乱雑に脱いでいく。その時の彼の目は、まるで宝物を開けるときのような輝きを持っていた。


 肌と肌が重なり合う。目を閉じていても、彼の体温だけで陽翔の存在が分かる。重なったところが熱く、触れるたびにビリビリと電気が走ったような感覚に陥る。


 俺の肌を滑らせる陽翔の手は、ゴツゴツしていて硬い。ギターを弾くための指。その指が今、俺の身体という楽器を奏でていく。


「痛くない?」


 陽翔の声が、俺の耳元で震えた。その声には不安と期待が混ざり合っていた。


「大丈夫……」


 俺の声も同じように震えている。見つめあった瞳に映る自分は、きっと信じられないほど恥ずかしい表情をしているに違いない。でも、もう隠したいとは思わない。


「……叶翔、好き。愛しくてたまらない」


 上から俺を見下ろす陽翔は、額に汗が滲んでいる。その瞳の奥は揺れて熱い眼差しだ。陽翔の顔が近づいてきて唇を重ねてきた。深く、深く。俺の体を触れながらキスを繰り返していく。


 一つ一つの触れ合いが、これまでの傷を癒していく。高校時代の痛みも、孤独も、全部が陽翔の愛で浄化されていくようだった。


 ――愛されるって、愛するって、こんなに幸せなんだ……。


 気がつくと、俺の頬に涙が伝っていた。陽翔が指先でそっとその涙をぬぐう。


「怖かったら言って。すぐ、やめるから……」


 陽翔の声には、不安と優しさが入り混じっていた。ずっと俺を傷つけないように気を遣ってくれる陽翔。その思いやりに胸が熱くなる。


 俺は首を振って言った。


「……怖くない。陽翔だから」


 陽翔が微笑みながら、キスを落としてくる。俺は陽翔の背中に腕を回して、ギュッと抱きしめた。


 彼の体重が俺の上に覆いかぶさる。その重みが、現実の重みとして心に刻まれる。陽翔の鼓動と呼吸が俺のそれと重なり、やがて同じリズムを刻み始める。


 初めは痛みがあった。けれど、陽翔の「大丈夫?」という言葉と、「愛してる」という囁きが、その痛みを喜びに変えていく。


 二人の体が一つになっていく。


 窓から差し込む月明かりが、絡み合う二つの影を壁に映し出していた。汗ばんだ肌が光を反射して、まるで二人が発光しているかのように見える。


 俺は陽翔の瞳を見つめた。いつからか、目を合わせることが怖くなくなっていた。むしろ、この瞬間だけは、ずっと見つめていたかった。


 二人の呼吸が荒くなり、言葉よりも体の動きと声が思いを伝え合う。時間の感覚が揺らぎ、ただ二人だけの世界に閉じこもる。


「叶翔……叶翔……」


 陽翔が俺の名前を何度も繰り返す。その声は祈りのように聞こえた。


 彼の腕の中で、俺は全てを委ねた。恐れも、不安も、過去のトラウマも、全て消え去り、ただ今、この瞬間だけが存在した。


 やがて二人とも息を切らして、はぁ、はぁと荒い息を吐いて、陽翔はぐったりと俺の横に転がった。


 天井を見つめながら、現実に戻ってくる感覚。けれど、さっきまでの時間が夢ではなかったことを、体の疼きと、隣で横になっている陽翔の存在が証明していた。


 俺の髪を撫でて、キスを落としてくる。


「叶翔、ありがとう。体、辛くない?」


 陽翔の声は、いつもより少し低く、柔らかく響いた。


「うん……」


 俺は陽翔の肩の付け根に頭をのせて、彼の胸にキスを落とした。ドクン、ドクンと、彼の心臓の音が聞こえる。その音は俺にとって、世界で一番安心できる音楽だった。


 額をくっつけると、二人ともふふっと笑った。理由もなく、ただ幸せすぎて、笑いがこみ上げてきた。


「……ホントに、俺たち……、恋人、なんだよね?」


 陽翔はふふっと優しく笑って、俺を抱きしめた。その腕の力強さが、この全てが現実であることを教えてくれる。


「当たり前だろ? 俺がこんなに叶翔のこと愛してるの、分からない?」


「なんか、まだ、信じられなくて……」


 高校時代にあんな目に遭った後、誰かに愛されるなんて、思いもしなかった。それなのに、こんなにも愛してくれる人が現れて、俺を選んでくれたなんて――。


「信じさせるよ。これから何度でも……」


 陽翔は俺に覆い被さって、キスをした。それは次第に深くなっていく。体が重なっている部分が再び熱を持っていく。


「これで信じられた?」


 キスを終えた陽翔は、いたずらっぽい笑みで俺を見つめた。その瞳には、さっきまでの情熱とは別の、深い愛情が満ちていた。


「うん。信じるよ……」


 ハハっと二人で笑い合う。こんな優しい時間がずっと続けばいいのに……。


 触れて、感じた。愛されるって、こんなに優しくて、あたたかくて……。世界で一番、安心することだったんだ――。


 窓の外、夜空に浮かぶ月が、二人の体を優しく照らしていた。陽翔の腕の中で、俺はまどろんでいった。初めて誰かと眠る夜。それも、こんなに安心した気持ちで――。


 明日、目が覚めたとき、陽翔はまだここにいるだろうか。そんな不安が過ぎったが、すぐに消えた。きっと彼はいる。もう、彼は何があっても俺の側にいてくれる。そう思える確信が、この夜に生まれていた。


 閉じていく瞼の向こうで、陽翔の寝息が安らかに響いていた。

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