百腕の悪魔ザルゴスを、城塞ごと跡形もなく消し飛ばした俺の全力ブレス。
その凄まじい威力の余韻と、俺自身の高揚感をなんとか仲間たちに鎮められた後、俺たちは改めて周囲を見渡した。
崩壊した城塞の残骸。
抉れた大地。
そして、檻から解放されたものの、未だ呆然としている元勇者や聖女たち。
「……よし、帰るぞ」
俺は一つ息をつき、仲間たちに声をかけた。
長居は無用だ。
ここは依然として危険な魔界。
一刻も早く、あの忌々しいゲートを抜けて、懐かしい地上へと戻らなければ。
「負傷者の状態を確認! 救出された方々を優先的に保護しろ! 歩けない者は担架へ!」
レオナルド騎士団長が、自らも傷を負いながら的確に指示を飛ばす。
生意気勇者や美ショタ勇者も、すぐさま行動を開始した。
幸い、救出された英雄たちは、長年の囚われで衰弱しきってはいるものの、命に別状はないようだった。
悪魔の力は消えてるのに老いも寿命もきてないのは、地母神様のおかげかな?
「エリアーヌ様、こちらへ」
生意気勇者が、まだ意識がはっきりしない祖先リリアーナを支えるエリアーヌ姫に肩を貸す。
エリアーヌ姫は涙を浮かべながらも、力強く頷いた。
俺たちは、救出した人々を支え、あるいは担架に乗せながら、先ほど開いたゲートへと向かった。
道中、崩壊した城塞の残骸や、静まり返った(あるいは俺のブレスで更地になった)魔界の風景が、先ほどの戦いの激しさを物語っていた。
……ちょっとやりすぎたかもしれんが、まあ結果オーライだろ。
ようやくゲートの前にたどり着く。
王妃と大神官が開いてくれたそれは、まだ不安定ながらも、確かに地上へと繋がっていた。
「よし、突入するぞ!」
レオナルドの号令で、俺たちは一人、また一人とゲートへと足を踏み入れる。
再び、空間がねじれるような奇妙な感覚。
そして――。
「……っ!」
次に目を開けた瞬間、俺たちの体を包んだのは、魔界の禍々しい瘴気ではなく、地上の清浄な空気と、遺跡の隙間から差し込む柔らかい光だった。
「戻った……!」
「ああ、地上の光だ……!」
「空気が……美味しい……!」
全員が、深い安堵の息をつく。
魔界の重圧から解放され、体が軽く感じる。
生きて帰ってこれた。その事実だけで、胸が熱くなった。
ゲートの前では、王女様、王妃、大神官、そして知らせを受けて集まった王宮の医師や神官、護衛騎士たちが、固唾を呑んで俺たちの帰還を待っていた。
俺たちの無事な姿、そして……救出された英雄たちの姿を確認すると、その場に歓声と安堵の声が響き渡った。
「姫様! 皆さん! ご無事で……!」
王女様が、涙を浮かべながら駆け寄ってくる。
「おお! よくぞご無事で! そして、英雄たちを……!」
大神官も、感極まった様子で声を震わせている。
「まずは治療を!」
すぐに、救出された元勇者・聖女たちは、待機していた医師や神官たちの手によって、神殿や王宮の医療施設へと丁重に運ばれていった。
彼らの心身の傷は深い。
完全な回復には長い時間が必要だろう。
だが、絶望的な魔界から解放された今、彼らの瞳には、ほんの僅かだが、未来への光が灯り始めているように見えた。
その中で、ひときわ感動的な再会が果たされていた。
治療を受け、少しだけ意識を取り戻したリリアーナ。
その傍らには、エリアーヌ姫が付き添い、涙ながらに手を握っている。
「リリアーナ様……!」
「……その顔立ちは……。ああ、夢では……ないのですね……」
か細い声で、しかし確かな愛情を込めて、リリアーナが遠い子孫の手を握り返す。
その光景に、俺も、生意気勇者も、レオナルドも、ただ静かに胸を熱くするしかなかった。
魔界での出来事は、王国の最高機密として扱われることになった。
救出された英雄たちの存在も、すぐには公表されず、彼らが心身ともに回復するまで、神殿と王宮で手厚く保護されることになった。
俺たち魔界突入組も、数日間の休息を与えられた。
まあ、俺は疲労困憊ってわけじゃなかったが、全力ブレスの反動は地味に残っていたし、何より精神的に疲れた。
魔界なんて、二度と行きたくねぇ。
王宮の自室(いつの間にか用意されていた、俺専用の超豪華な部屋だ)のふかふかベッドで惰眠を貪(むさぼ)り、メイドたちの完璧な世話を受け、そして何より、王宮の美味い飯を腹一杯食う。
そんな日常が、これほどまでに尊いものだとは、魔界に行くまで気づかなかった。
あの日、俺は王宮のテラスで一人、魔界での戦いをぼんやりと思い返していた。
あの全力ブレス。
全てを消し飛ばす圧倒的な破壊力。
そして、その後の、自分でも制御しきれなかった高揚感と破壊衝動。
「……やっぱ、俺一人じゃダメだな」
ぽつりと呟く。
どんなに強くても、調子に乗って暴走したら意味がない。
あの時、生意気勇者やレオナルドたちが必死に止めてくれなかったら、俺は魔界でさらに破壊を繰り返していたかもしれない。
仲間がいることのありがたさ、そして、この規格外の力を制御することの難しさを、俺は改めて痛感していた。
「姫様、何を難しそうなお顔をされているのですか?」
ふと、柔らかな声がかかった。
見れば、王女様が微笑みながら隣に立っていた。
その手には、俺の好きな焼き菓子が乗った皿がある。
「いや、ちょっとな。俺もまだまだだなって思ってさ」
「まあ、姫様でもそのようなことをお考えになるのですね」
王女様はクスリと笑い、俺の隣に腰を下ろした。
「わたくしは、今のままの姫様が好きですわ。少し不器用で、面倒くさがりで、でも、誰よりも優しくて、強い。……わたくしにとっては、世界で一番の英雄様です」
その真っ直ぐな瞳に見つめられ、俺は思わず顔が熱くなるのを感じた。
「……ばっ、ばか! んなこと言われたって、嬉しくもなんとも……!」
「ふふ、照れていらっしゃるのですね。可愛らしいですわ」
「かわっ……!?」
からかわれてると分かっていても、やっぱり嬉しいもんは嬉しい。
俺はそっぽを向きながらも、口元が緩むのを止められなかった。
王女様とのこの穏やかな時間。
これが、俺にとって何よりの宝物なのかもしれない。
訓練場を覗けば、生意気勇者が神剣を手に、真剣な表情で鍛錬に打ち込んでいた。
魔界での戦いを経て、彼女はさらに強く、そして美しくなった気がする。
「よう」
「……神竜。あんた、サボってたでしょ」
「うるせぇ。ちょっと休憩してただけだ」
憎まれ口を叩きながらも、彼女の瞳には俺への確かな信頼が宿っている。
俺たちは、言葉にしなくても分かり合える、最高のライバルであり、最高の相棒だ。
この関係も、悪くない。
いや、かなり気に入っている。
神殿に顔を出せば、エリアーヌ姫が、回復してきた祖先リリアーナと穏やかに話していたり、美ショタ勇者が、生意気勇者に追いつこうと必死に剣の稽古をしていたりする。
救出された他の元英雄たちも、少しずつ元気を取り戻し、自分たちのこれからについて考え始めているようだった。
そう、全てが元通りになったわけじゃない。
魔王はまだ健在だし、俺の力の制御も完璧じゃない。
面倒なことは、きっとこれからもたくさん起こるだろう。
でも――。
その日の夕食。
王宮の大食堂には、俺を中心に、王女様、生意気勇者、エリアーヌ姫、美ショタ勇者、レオナルド、そして回復してきたリリアーナや他の元英雄たちの一部も加わり、賑やかな食卓が囲まれていた。
テーブルの上には、見たこともないような豪華な料理が並んでいるが、俺の目の前には、もちろん山盛りの骨付き肉! しかも今日は、俺の魔界からの生還祝いとかで、特大サイズだ!
「姫様、また骨まで召し上がるのですか?」
誰かが呆れたように言う。
「うめぇんだから仕方ねぇだろ! 文句あるか!」
俺は気にせず、特大の骨付き肉にかぶりつく! じゅわっと溢れる肉汁! 香ばしい香り! そして、歯ごたえ最高の骨!
バリバリッ! ゴリゴリッ!
俺が骨を噛み砕く音を聞きながら、仲間たちは呆れ顔から、やがて温かい笑みに変わっていく。
「まったく、相変わらずね……」
「ふふ、美味しそうに召し上がってくださって嬉しいですわ」
「姫君様が元気そうで何よりです」
「僕も、もっと食べます!」
賑やかな声、弾む会話、そして美味い飯。
俺は、肉を頬張りながら、心の中でしみじみと思った。
(魔界だの神様だの、全力ブレスだの、面倒なことは山積みだけど……まあ、いいか。どんな凄い力があったって、腹は減るし、美味い飯は美味い。そして、こうして、こいつらと一緒に食う飯が、やっぱり一番美味いんだよな)
俺は、満面の笑みを浮かべて、高らかに宣言した。
「やっぱり、ここが俺の家だな!」
その言葉に、仲間たちの笑顔が、一層輝きを増した。
俺たちの戦いは、まだ終わらないかもしれない。
それでも、ここには確かな絆と、守るべき温かい日常がある。
それで十分だ。
俺は、この最高の世界で、これからも食って、寝て、たまに暴れて、楽しく生きていく!
最強ドラゴン姫(♂)、異世界での無双ライフは、まだまだ始まったばかりだ!