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猫型生命体、母艦へ肉球強襲

 交戦宙域を離脱して、俺は低軌道に入った。この星の大気はもう、モフを喜ばせる湿度も香りも持っていない。壊滅した惑星――地球は、静かにただ、回っていた。



「……母艦反応、まだ出ないね」



 MofMofが呟く。こたつ内部のパネルに、情報が表示されていく。敵の残滓、残骸、粒子拡散図――どれも俺にとってはモフの邪魔でしかない。



「ちょっと、お兄ちゃん。何ぼーっとしてるの?」



「……ログを再生する」



「えっ、それって……!」



 MofMofが声を震わせた。俺は、再生コードを送信した。あの時の記録だ。地球壊滅の瞬間。俺が猫を演じていた、最後の一日。



 再生映像の中。人間たちは笑っていた。温泉旅館の朝。小学生の女の子が「ノラちゃん、おはよう!」と俺を抱きしめる。俺は鳴き声をあげず、ただ喉を鳴らして応えた。彼女の手のひらは、柔らかくて温かくて。……俺にとって、世界そのものだった。



 次の瞬間。光。観測不能レベルの質量砲撃。地球重力圏外より着弾。観測衛星「ヤタガラスIV」はそのエネルギーを「惑星割りクラスター」と記録。地表の43%が瞬時に蒸発し、電磁層は崩壊。旅館も、彼女も、音も、香りも、すべて消えた。



 映像が終わる。



「……もう一度、モフられるには、あいつらを止めるしかない」



「お兄ちゃん……」



 MofMofが言葉を詰まらせる。こたつ内部の空調が、わずかに湿度を上げた。多分、俺の体温を読んでの判断だ。



「敵母艦探知。距離、27万km。空間湾曲の兆候あり」



「来るな……本隊だ」



 再起動コードを走らせる。MofMofの機体各部が再度変形し、攻撃重視形態に移行。布団部は折りたたまれ、背面砲台に。天板が開き、新たな砲門が露出する。



「お兄ちゃん、私、準備できてる。……行こう」



 俺は無言でうなずいた。かつて「温泉旅館の猫」として過ごしていたこの身体が、今や地球最後の戦士だということに、まだ少しだけ、違和感がある。でも、構わない。



 俺は、もう一度モフられたい。それだけだ。





 敵母艦は、まるで彗星のように宙域に現れた。重力場を押しのけるように、滑らかな黒金属の巨体が虚空を滑る。



「艦種:ガルディア級制圧母艦。砲塔数:不明、全長:3.6km。旧銀河評議会では『自律神経型惑星破壊機』って呼ばれてたやつだよ」



 MofMofが軽く言う。妹AIの声に、震えはなかった。それが逆に、重かった。



「お兄ちゃん、今から突っ込むなら……肉球の準備、しておいて?」



「当たり前だ」



 俺は自分の前脚を舐め、毛並みを整える。敵中枢に突入する時、パイロットが乱れていては失礼だ。



「陽だまりレーザー、充填完了。中性波シールド、展開。ステルスモード、オフ。いこう、お兄ちゃん。……あったかい未来を、取り戻そう」



 コアブースターが点火。MofMofの天板が全開し、三重のリング状推進フィールドが宙に展開される。――この形態を、俺たちは「ホットカーペットモード」と呼ぶ。



 重力慣性を逆位相に振り切り、母艦装甲に突入。空間が砕けるような衝撃。対流がない宇宙で、熱震だけが身体にのしかかる。



「内部構造マップ、解析中……って、え、あれ? これ……お兄ちゃん、変だよ!」



「何が」



「敵母艦、猫の骨格構造を模してる! 通路が脊椎っぽい、しかも関節位置にエネルギー制御核があるの!」



 理解が追いつかない。敵が――俺たちの形状を模して、戦艦を造った?



「……観察されてたのか、地球猫。あるいは――模倣された?」



「にゃ……にゃんでそんなことするの!?」



 通信がノイズを含んだ。その刹那、母艦内側の装甲がパカリと割れ、巨大な瞳孔が開いた。



「お兄ちゃん……出てくる、敵AI核だ!」



「任せろ」



 俺は飛ぶ。こたつの布団が左右に展開し、俺を射出する投擲姿勢へ。その先にあるのは、敵AI核――かつて俺の飼い主の笑顔を奪った元凶だ。



「……全弾、肉球モードでいく。奴を潰す。俺は、もう撫でられない日常に戻るつもりはない」



 そして俺は、突入した。猫型生命体、単独肉球強襲作戦開始。





 敵AI核との交戦は、すでに戦闘というより演算干渉戦だった。動きを読まれ、射線を潰され、こちらの粒子軌道さえも予測される。



「……あれ、人間で言えば予知能力クラスだよ。お兄ちゃん、被弾率99.7%だよ!」



「1発で十分だ。あとは全部撫で回避だ」



 俺は身を縮め、前脚を丸める。猫の動きは直線じゃない。時に不定形の流体のように変化する。

それが、銀河AIにとってのバグになる――そのはずだ。



「想定外動作、再計算――再計算……不可。観測不能構造体、接近」



 敵AIのボイスが割れた。ついに、猫の動きがやつの認知の限界を超えた。



「MofMof、今だ。陽だまりレーザー、全照射。目潰しだ」



「りょ、了解!  しっぽモード、展開ッ!」



 背部砲塔がふわふわの尻尾型に変形し、波長干渉レーザーを叩き込む。敵の瞳孔が一瞬にして収縮する。



 その隙を突き――俺は跳んだ。爪の代わりに装着された、ナノ粒子融合爪(MFN-3)が敵AI核へと突き刺さる。



「――接触。AI核、異常加熱。沈黙まで……3、2、1」



 最後に聞こえた敵AIの声は、鳴き声だった。



「……にゃあ」



 何かを、模倣していたのかもしれない。猫を、俺たちを、地球を。



 爆砕とともに母艦は崩壊し、俺とMofMofは辛うじて脱出した。



「生きてる……?」



「もちろんだ。これからモフられに行くんだからな」



「……うん、お兄ちゃん。そうだね」



 だが、次の瞬間。こたつの航行センサーが銀河域外に反応を示す。



「この信号、地球猫と同系統――!?」



「生き残りか……」



 俺は前脚でこたつの操縦端末に触れた。目指すべきは、まだ見ぬモフられたい猫たちの群れ。そこに、もう一つの地球があるのかもしれない。



「いこう、MofMof。これからが本番だ」



「うん! お兄ちゃん、私たちで――宇宙をモフモフにしよう!」



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