恒星風を抜けて十七秒後、MofMofが震えるように警告を発した。
「……あったよ、お兄ちゃん。微弱だけど、地球猫と同系統の脳波反応。F-23帯域。――夢見波」
かすかな痕跡。それは、撫でられていた記憶の残響だ。地球が焼かれたとき、全てが消えたはずの、ぬくもりのデータ。
だが、まだ宇宙に残っていた。
俺はこたつの操作端末に前脚を伸ばす。ディスプレイに表示されたのは、重力異常が観測された中空構造体。人工の居住衛星。
「廃棄コロニーか……。まさか、あそこに」
「猫が生きてるとしたら……そこだよ」
MofMofの声が少し震える。熱ではない。希望のようなものだ。
こたつ戦闘機は星間航路を跳躍する。炉心が赤熱し、艦内はほんのり温かくなる。眠気が来る。けれど、ここで眠るわけにはいかない。
コロニーの外郭に到着。構造体はほぼ崩壊しかけている。だが、酸素はある。重力も調整されていた。
「侵入する。こたつモードに変形」
「はいっ。ぬくもり、展開します!」
戦闘機がぬるりと形を変え、生活型モジュール――こたつの姿になる。外から見ればただの廃棄家具だ。けれど、内部には高出力の通信システムと生命維持機構が詰まっている。
俺は静かに跳び降り、内部へと忍び込む。
そこには、いた。
猫たちだ。小さな体。毛並みは荒れ、瞳は濁っていたが、確かに地球猫の姿がそこにあった。けれど――言葉はなかった。撫でられた記憶も、眠る場所のぬくもりも、忘れてしまっている。
「MofMof、脳波スキャンは?」
「知性レベルは……幼体。学習の痕跡はあるけど、文化がない……。撫でられた記憶さえ、断絶してる」
「なら、思い出させる」
俺はそっと、こたつを開く。MofMofが理解し、全自動で「あの旅館」の再現を始める。
温度、湿度、湯気の密度、畳の香り、ちゃぶ台の音、そして――あの女将がくれた、煮干しの匂い。
猫たちが、こちらを振り向いた。誰かが小さく「にゃ」と鳴いた。
ひとり、またひとりと、こたつへと入ってくる。
「再接続確認。記憶のリンク、起動中……! ああ、お兄ちゃん……思い出してる! 撫でられてた日々を!」
その瞬間、センサーが敵影を捉えた。
「オーグ・レジル星連邦の哨戒機だ! この座標、特異生物反応を追ってた……猫の脳波だよ!」
やつらも、猫を見つけたというわけか。
「MofMof、猫たちを収容。退避行動へ。次の居場所を探すぞ」
「うん! 猫専用ポッド、展開!」
俺は尾で軽く床を叩き、猫たちを誘導する。彼らは迷わず俺の後をついてくる。小さな足音が、過去の廊下に重なった。
この宇宙に、もう一度――あの旅館を取り戻す。
撫でられるために、俺たちは進む。
星図に記載のない空間ステーション――通称モフゾーン。旧時代のドッグ型宙港を、宇宙違法者たちが寄せ集め、再構築した無法地帯。俺とMofMofは、艦の燃料とナノ粒子の補給のため、ここに潜入していた。
「お兄ちゃん、補給プロトコル完了まで約18分。でも……中、ちょっと雰囲気悪いよ?」
「問題ない。猫は敵を作らない。……作られはするが」
俺は貨物倉の隅に身を潜め、尾を低く保つ。見た目はただの猫――だが、体内構造の45%はカーボンフレームとナノ筋組織で構成されている。この体は、戦闘特化型・猫擬態戦闘生体ユニットNEK-03。
視界の隅に動き。右舷の廃資材倉庫――そこにいた。
5本腕、赤外視の仮面。プラズマナイフを握ったスカム種族の傭兵だ。こっちを見ている。完全に狙われていた。
「やる気か……」
俺は尻尾を低く構え、跳躍プログラムを内部で展開。相手の第一動作――プラズマナイフの軌道予測が脳内HUDに表示された。
敵が飛びかかる。
俺も跳んだ。
猫の動きは、予測不能だ。直線ではない。空中でひねりを加え、ナノ爪を展開。ブレードの懐に潜り込む。
「ニャッ!」
鋭い鳴き声と同時に、俺は敵の首裏に爪を引っかけた。ナノ粒子が瞬時に組成変化。電磁ショックモードに移行――脊髄に直接、信号を叩き込む。
「――がっ……!」
仮面が外れ、敵が痙攣する。5本の腕がバラバラに動き、武器を落とした。
俺は背後に回り込み、関節を一気にロック。喉を潰すこともできた。けれど、しなかった。猫は殺さない。ただ、生き残るだけだ。
敵が地面に崩れ落ちた。
「MofMof、排除完了。警戒態勢、継続しろ」
「了解。お兄ちゃん、補給ライン異常なし。あと11分」
「次は何が来るか分からん。センサーバッフル強化しとけ」
「了解。……でも、お兄ちゃん、跳躍痕がある」
「どこだ?」
「すぐ外。さっきまで、何かがそこにいた。けど……もう、いない」
その言葉に、俺は少し眉をひそめる。保護した猫たちの気配は感じていたが、今のそれとは違う。
「反応波長、微弱だけど……地球猫のパターンに近い気がする」
「……やっぱり、か」
ここは無法地帯、予測できないことが山のようにある。それでも、この星に辿り着いてから、俺たちは仲間を見つけた。それでも、この違和感が消えない。
「MofMof、補給ラインの確認は?」
「残り、4分。大丈夫、お兄ちゃん。すぐにまた、旅に出られるよ」
俺は深く息を吐きながら、視線を外に向けた。仲間たちはここにいる。それでも、何かが待ち構えているような、そんな予感が胸の奥に引っかかる。
「……そうだな。すぐに、また進める」
まだ見ぬ新たな仲間のために。そして、どこかに待っている答えを探して。