補給を終えると、静かにモフゾーンを離脱した。推進音すら制御された、完全な隠密航行。
「出力、40パーセント。しばらくは低軌道を這うよ、お兄ちゃん」
「ああ、余計な注意を引きたくない」
俺は操縦端末の上で丸くなる。見た目は休んでいるだけだが、脳内では星域マップを走査していた。
目指すのは、かつて“地球猫保護信号”が観測された座標。正確には、オーグ・レジル星連邦の領域外縁――本来なら、侵入するだけで撃墜される禁域。
「だけど……そこにしか、希望はない」
あの日、地球が破壊される前、いくつかの信号が宇宙に逃れていた。それらの一部が、微弱ながら今も脈打っている。
「MofMof、暗号鍵ニャルラトを使って解読。あの断片信号、解析できるか?」
「試してみるよ。ちょっと待ってね……!」
数秒の沈黙。MofMofの中のAIが、全処理能力を注いで信号の再構成にかかる。
「……成功! でも、これ……猫の鳴き声じゃない」
「なに?」
「呼んでる感じがするの。お兄ちゃんたち、はやく来て――って」
俺は立ち上がった。これは偶然じゃない。残された同胞が、俺たちを待っている。
「向かうぞ。燃料が尽きようが、機体が焼けようが関係ない」
「うん……私たちで、拾っていこう。全部の星のモフモフを」
目指すのは、かつて人類が「第七アーム」と呼んだ銀河渦の外縁部。そこに残された微弱なビーコン――呼び声が、猫の声によく似ていた。
「宙域侵入まで残り32分。航路上、オーグ・レジルの無人警戒網あり。回避できる?」
「無理だ。だが、見つかるわけにはいかん。猫の生存確率が下がる」
俺はこたつのタクティカルマップを睨みながら、解析モードを展開した。
「見ろ、ここだ。探査用衛星の軌道と――このクジラ型小惑星の影が重なる時間。3.2秒だけ、視界から外れる」
「そこを……抜ける?」
「ああ、猫の反射神経ならな」
「ふ、ふん、私の制御もあるんだけど!」
俺は微かに笑い――走った。
こたつが瞬時に最大加速をかけ、クジラ型小惑星の背後を滑り抜ける。
推進剤が焦げ、船体が振動する。MofMofが低く呻くような声を出す。
「にゃ、にゃんとか成功……でも、これ、もう一回やったら毛が抜けそう」
「抜ける毛は、最初からいらん毛だ」
俺たちは宙域を突破した。ここからは、ビーコンの指す方向へ直進。
前方に、小惑星帯の一角、半壊したリング構造体が現れる。明らかに人工物――それも、旧地球型コロニーだ。
「生き残りが、ここに?」
「……行くぞ」
こたつが着地脚を展開。微重力環境の中、俺は船体を蹴って廃墟の中へ飛び込んだ。
崩れた居住ブロック。壊れたプラント。瓦礫とガスが流れる中――微かな、鳴き声がした。
「……にゃ」
反応したのは、猫種独特の体内周波数だ。俺の中のシナプスが跳ね上がる。
瓦礫をかき分ける。尾を低く、警戒は最大限に。
そして――いた。
そこに、いた。
毛並みはボロボロで、片耳は千切れかけていたが、間違いなく地球猫種。瞳が俺を見つめ、震える足で一歩を踏み出した。
「……生きてたか」
「にゃ……」
俺は、ゆっくり前脚を差し出す。彼女は、それに鼻先をそっと触れ――
「また一匹……増えたな、俺の面倒が」
背後で、こたつのスピーカーがくすくす笑った。
「お兄ちゃん、今日も救助成功。これで保護個体、7匹目だよ」
「……7匹目か。そろそろ、名前も考えてやらんとな」
俺の言葉に、彼女は――小さく、鳴いた。
「にゃ」
その声は、まるで「よろしく」と言っているようだった。