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猫たちの避難シェルター

 廃棄された重力バランサーが軋み、低軌道上の影を揺らす。



 この場所に名前はない。だが、俺たちはネコポリスと呼んでいた。



 廃棄された居住コロニーの外郭を、俺とMofMofが修復し、微弱な重力と酸素循環を取り戻した。目的はひとつ――保護した猫たちの避難所として。



「着艦完了。モフハッチ、開放」



 MofMofが、こたつの天板に似せたドッキングベイを展開し、艦内から俺を転送する。



 かつて地球で飼い猫”として暮らしていた仲間たちが、低重力の空間でふわりと出迎える。黒、三毛、白、長毛種、短毛種。総勢15匹。



「おかえり、ノラ」



「ごはんは? カリカリ増量の約束は?」



「撫でては?」



「後でだ。MofMof、再接続。給餌ユニットと酸素リサイクル装置の更新を」



「了解。あとね……お兄ちゃん、ちょっと気になる通信パターン拾ってる」



 俺は耳をピクリと動かし、補助アンテナを伸ばす。空間の向こうに、不自然な反射波。



「……オーグ・レジル連邦の無人索敵機か?」



「断定できないけど、波長特性は一致。あと18分でこの空域を通過する可能性」



 仲間たちは、俺と違って戦闘能力を持たない。みな、地球で家猫として生きてきた者たち。再設計も改造もされていない、純粋な“猫だ。



「……MofMof。シェルター全体を、欺瞞フェイズに入れ。ヒートマップと生体反応を再調整して、ただの浮遊デブリに偽装する」



「やってみる。でも、出力が足りないよ。全部は覆いきれない」



 俺は静かに瞳を細める。



 ――俺が出るしかない。



 背中に装着したナノ粒子アーマーを展開し、尾部ユニットから静音加速を起動。



「他の子たちは、絶対に動かすな。ステイモードだ」



「……うん。お兄ちゃん、気をつけて」



「俺は猫だ。気まぐれに、かつ、しなやかに敵を潰す」



 重力がゼロに近い外縁部を抜け、俺は静かに宇宙へ飛び出した。



 ステーションの影を利用しながら、姿勢制御用の細かなナノスラスターを散らす。



 そして、奴の姿が見えた――薄緑の反射装甲に身を包んだ、無人索敵機レジル・アイだ。



 自律行動AI搭載。だが、火力は限定的。こちらの姿を捉えさえしなければ、交戦は回避できる。



 俺はナノ爪を半展開し、観測干渉フィールドを調整。目立つ熱源は排除。存在しない“気配”を作り出し、索敵機の観測野の外側に存在するよう振る舞う。



 だが――



(気づいたか)



 奴のセンサーが振り向いた。



 次の瞬間、超音波スキャンが空間を叩き、俺の位置を補足した。



「こっちかよ」



 すでに距離は200メートル。索敵機が内蔵タレットを開き、イオン粒子を発射してくる。



 俺は機体を反転。ナノ尾によるベクトル制御で回避軌道へ。次弾が、腕先を掠めた。だが構わない。



「舐めんなよ、猫舐めるなよ……!」



 俺は一気に加速し、敵の死角に潜り込む。姿勢制御スラスターの音も排し、まるで音もなく滑るように接近。



 ナノ爪をフル展開。狙うは、腹部の光学センサー部――索敵機の目だ。



「――ニャッ!」



 跳躍とともに、一閃。ナノ粒子が光学センサーを破壊し、敵は急停止した。



 短いスパークの後、索敵機は沈黙した。



 俺はゆっくりと呼気を吐き出し、遠ざかる残骸を見つめる。



「次はこの子たちが……モフられる番だからな」



 俺は踵を返し、ふたたびコロニーへ戻る。仲間たちの眠る、その場所へ。


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