補給を終えたこたつは、暗礁宙域の縁に設けられた捨てられた衛星帯の陰に潜んでいた。
「衛星軌道上に反応。3機、全機オーグ・レジル星連邦所属の索敵ドローンと確認。進路、こっち……お兄ちゃん、囲まれるよ」
「逃げ道は?」
「ナシ。遷移航行はできるけど、ジャンプ前に見つかったら追跡タグを撃ち込まれる。そしたら……」
「終わりだな」
俺はしっぽを軽く打ち鳴らす。猫のしっぽは思考の延長。これは、「考えている」と「やってやる」の間だ。
この宙域には、保護した同胞――かつて地球で生きていた猫たちが眠っている。姿を変え、傷つき、機械の体でしか生きられなくなった猫たちが、この宙域の地下に息を潜めているのだ。奴らに見つかれば、終わり。
「囮を出す。MofMof、機体をステルスモードで地下に沈めろ」
「……囮って、まさか」
「俺が行く」
「だ、だめだよお兄ちゃん! 一匹でなんて! 今の時代、戦闘猫は絶滅種だって敵も知ってるよ! 見つかったら……」
「だから、逆に誘導できる」
しばしの沈黙。MofMofはAIらしく、言葉を超えて演算をしている。
「……わかった。でも、5分。5分で戻ってきて。規定時間超えたら、私が迎撃に出る」
「それでいい」
俺は貨物リフトから飛び出し、ドローンの索敵範囲に入るようにゆっくりと跳ね上がった。姿は、ただの猫。ただし、戦闘擬態猫型ユニット“NEK-03”――地球猫の最終兵器だ。
ドローンが反応する。AIが演算を始めている。
「生体反応、地球種Felidae……高レア遺伝子反応、戦闘ユニットの可能性あり。追跡、捕獲プロトコル開始」
予想通りの展開。俺はステーションの廃棄層に向かって走った。
足音はしない。宇宙猫に必要なのは、重力が消えても適応できる柔軟な構造と、どこにでも潜れる骨格構成。だが、背後からプラズマチャージの音が聞こえた瞬間、迷いを捨てて跳んだ。
レーザーが壁を焼き、爆裂音が響く。追ってきたのは3機。1機は先行、2機は回り込み――標準戦術だ。
俺は一段階、身体パラメータを解放。
視界が拡張し、時間の流れがゆるやかになる。ドローンの飛行軌道が予測線となって浮かび上がり、間隙が見えた。
(そこだ)
俺は壁を蹴って上昇、左斜め前方へねじりながら突っ込む。1機のドローンが火線を誤射し、別の1機と接触、爆発した。
「残り2機」
警告音が頭の中で鳴る。左後方からミサイル。
俺は床に転がり、ミサイルに向かって毛玉を吐いた。中身はナノフォグ――人工毛玉型ジャミング装置。
ミサイルは誤認識し、壁に激突。
「残り1」
最後の1機は慎重になっていた。距離を取って、レーザーで牽制してくる。奴もAI、学習する。だが、猫の戦闘は「学習」など通用しない。
跳ねる。転がる。ひねる。回転。俺は柱に張り付き、垂直に走り、真上から急降下。
「――にゃあっ!」
断末魔のような鳴き声と共に、俺の爪がドローンのセンサーを貫いた。機体が火花を散らして墜ちる。
「3機、排除。MofMof、回収要請」
「了解、お兄ちゃん! 迎えにいく!」
俺は呼吸を整えながら、ステーションの瓦礫の中に立った。まだ、敵は無数にいる。それでも守らなければならないものがある。この宇宙に、猫の居場所を。
MofMofが駆け寄ってきた。ハッチが開き、俺は中に飛び込む。
「おかえり、お兄ちゃん。5分17秒。今度は怒るからね」
「にゃあ」
それが、俺なりの「すまん」だった。
こたつの内部は、静かであたたかい。人工的な空間だが、MofMofの気遣いで床にはふわふわの毛布素材が敷かれ、気圧も猫に最適化されている。
「敵機の残骸、回収できそうな部品は?」
「センサーモジュールが2つ無傷で残ってた。他はプラズマ焼けでダメ。回収してる間に、また来るかもしれないけど……」
「急ごう。解析すれば、連邦の探索ルートが分かるかもしれん」
こたつのマニピュレータが外部アームを伸ばし、ドローンの破片を引き寄せる。その間に、俺は補給区画へ向かい、ナノ爪の補充と骨格アライメントの微調整を行った。戦闘のたびに、猫の体は限界へと近づく。
「ところでお兄ちゃん……」
MofMofの声がトーンを下げた。これは、いつもの「気になることがある」という予兆だ。
「何だ?」
「このあたりの宙域、ドローンだけじゃないかもしれない。前に回収したビーコンログ、解析したらね――猫語が一部、混じってた」
「猫語……?」
俺の尾が自然とピンと立つ。猫語とは、失われた古地球時代の記憶インデックスを含む、限られた猫型ユニットにしか扱えない超小型通信方式だ。
「発信元、座標Z-3。灰域のもっと奥。もしかすると……」
「生き残りか。それとも、俺たち以外のNEKシリーズ……?」
NEKユニットは、公式記録上は03型で開発が中断された。だが、プロトタイプや初期型が存在していたという噂はあった。
MofMofが言った。
「そこ、行くつもり?」
「行かない理由があるか?」
俺は自動昇降床の上に座り、尾を一度だけ振った。
まだ、この宇宙には知られていない猫の居場所があるかもしれない。誰も記録していない、だが確かに存在するぬくもりを、俺は探し続ける。
「行こう、MofMof。航路を引いてくれ」
「了解――次の目的地、座標Z-3。灰域の最深部へ」
こたつの推進音が、再び宇宙に響く。