こたつが静かに着陸したのは、かつて放棄された衛星コロニー「ユルリ」。外装こそ錆びつき、内部は無重力環境が不安定に点滅していたが、ここには俺が保護した15匹の地球猫たちがいる。
俺は彼らの間を抜けて歩く。小さな肉球の足音、機械の耳に聞こえるほどのゴロゴロ音、カリカリを食べる音……どれも懐かしく、そして貴重だ。
「今日から、新しい訓練を始める」
MofMofの投影スクリーンに、ノアから受け取った戦術記録が映し出された。NEKシリーズが宇宙へと順応していった時代の映像記録。そこには、かつての猫たちの知恵と戦術が残されていた。
「訓練ってなに?」
「またあの回転玉を追うやつ?」
「やだー、前みたいにしっぽ挟むのは嫌ー」
口々に不満が飛び交う。だが、どの顔も、どこか楽しげだった。こたつの中は安全な場所。だからこそ、彼らはここで“遊び”を通じて学んでいける。
「今日のメニューは機動回避とステルス行動だ。MofMof、準備は?」
「了解、お兄ちゃん! 目標出すね!」
床が開き、かつて索敵ドローンの模倣で作られた訓練球がふわりと浮かび上がる。猫たちはそれを見て、反射的に身構えた。これまでに何度もぶつかり、逃げ損ねてはごろんと転がった記憶があるのだろう。
「前より強いよー。全方位センサー付き、プラズマ音付き、しかも今日のは……すっごく早い!」
「えええええ!」
「ズルい! ぜったいズルい!」
「しっぽ燃えたら責任取ってよね!」
次の瞬間、訓練球が閃光のように走り出した。
猫たちは一斉に散った。
ある者は柱に跳び、ある者は床を滑る。しっぽで方向を調整し、耳で音の軌道を読み取る。遺伝子に刻まれた野生の本能が、今、目覚める。
……それでも、やはり追いつかれるやつはいる。
「うぎゃっ!」
ちび黒猫のクロが、訓練球にぶつかって転がった。俺が慌てて駆け寄ると、クロは恥ずかしそうに体を起こした。
「うぅ……ノラ兄ちゃん、むずかしすぎるよぉ……」
「……クロ、しっぽの動きが後れすぎてる。視線で相手を追うな。音と風の流れで読むんだ」
俺はクロの小さな背中を、爪の腹で優しく撫でた。自分が教えられたように、今度は教える番。ノアの記憶がそう言っている。
それは、機械の体を持たずとも、この子たちは宇宙で生きていけるという証明だった。
「みんな、15分休憩だ。次は集団行動だぞ」
猫たちはぱらぱらと散っていく。毛づくろいを始める者、MofMofに甘える者、床に転がって昼寝を始める者……この平和が、どれほど貴重なものか、俺は知っている。
だからこそ、守らなければならない。
そのとき、こたつの外から小さな通信が入った。
「暗礁宙域・第六帯に異常重力波、熱源反応アリ。非連邦規格。お兄ちゃん、これは……」
「見に行く。何かが動いてる」
訓練はまだ続けられる。だが、宇宙は待ってはくれない。
「MofMof、外装モードに切り替え。猫たちはコロニーに残せ。自律防衛プログラム起動しとけ」
「了解……でも、気をつけて。今度のは、ただのドローンじゃない気がする」
俺は頷き、コックピットに飛び乗った。しっぽが無意識に打ち鳴らされる――これは「不安」と「期待」の間。
新たな戦いが、また始まろうとしていた。