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第11話  元婚約者

 HRルーム前から摩耶の席は騒がしく、昨日現れていた婚約者3人組を引き連れて談笑していた。

 あの3人組は人気があると聞いていた通り、女子から摩耶に対して刺々しい視線が向けられているが、当の本人は全く意に介していないようで、話しながらケラケラと笑っている。

 前から図太いところがあるところはなんとなく察していたが、あそこまで図太いとまでは思ってもみなかった。

 俺が逆の立場であれば、教室から飛び出している。


「ああ、このネックレスイマイチなのよねえ」


「そうなの、じゃあ俺がこれよりも似合ってていいやつを見繕ってあげるよ」


「さすが天政、お金モチモチぃ♡」


 摩耶がネックレスについて愚痴ったことで顔がわかっていなかった天政君が特定できた。

 昨日、絡んできた赤髪の男子生徒だ。

 恵梨香から聞いた話では懐の広い人だと聞いていたので、昨日の見た自分より下の人間と見るやぞんざいな態度から完全に除外していた。


「煽っている自覚があるのかしら、あの女」


 麻黒さんはジト目になって、麻耶たちを見つめる。

 自覚はあるだろう、あれは。

 摩耶は話で笑っているようにも見えるが、よく見るとあいつはこちらをチラチラと見ながら笑っている。

 煽る気がなければ、そもそも元婚約者の目のあるところであんなふうに駄弁るのは避けるはずだ。


「低卒な人ですね。そんなもので人に効くなんて思うなんて」


 言葉とは裏腹に恵梨香は眼を摩耶たちに向けないように俺の方にずらし、目の奥は激情から震えていた。

 切れる寸前の人がする顔だ。

 不憫極まりないが、現状では反発を強めるとより燃え上がる可能性の方が高い。

 今はほっておくしかない。


 ーーー


 今日は恵梨香の機嫌が斜めだったのでハラハラしたがなんとか学園での時間を乗り越えることができた。

 まだ放課後、麻黒さんの家で『ひな祭り』について早速作戦について練る上、恵梨香がこれからの家庭教師の時間はこっちに割り当てると言って実質免除してくれたので長丁場になるが、仕事ではないので苦にはならないはずだ。

 それに去年俺は摩耶が人形の作り方を覚えるのがめんどくさいという理由で参加しなかったため、『ひな祭り』の細かい部分で何をやるかということは知らないので、個人的にも興味があるため、満更でもない。


「ごめんなさい、生徒会の仕事でサッカー部の部費のことで説得してほしいってこになっているので、遅れてそちらに行きますから先に行っておいてください」


 駐車場の途中で見知らぬ生徒に恵梨香が声を掛けられたと思うと、そう言って彼と一緒に少し離れたグランドに向かっていてしまった。


「全員で話したほうがいいし、てことは並々ならぬ事態だと思うし、私たちも行きましょう」


「そうだね」


 俺は恵梨香のことを信頼してるので、よく言葉を吟味せずに本人が大丈夫と言ったのを鵜呑みにしてしまったが、麻黒さんの状況についての分析を聞いて冷静になりやはり危険性が高いと判断し、彼女と共にサッカー部の部室に行くことにする。


 目指す部室練はこの駐車場から階段を降りた先にあるグランドの手前側にある。

 階段は3段程度の合ってないようなものなので、距離的にはすぐ近くだ。

 前方にある恵梨香と生徒会の男子生徒のあとを追いかけて、我々も部室の中に入っていく。

 ノートパソコンや大きなホワイトボードが並んだ一室には3人の生徒が立っていた。


「サッカー部の経費を減らすのは見送ってほしい」「活躍は去年のままなのだから減らす理由がないだろう」


「いえ、しかし経費には限度があるので、他の部が去年以上の成績を残せば、減らさざるを得ないです」


 ユニフォームを着た学生と制服の学生が不服を言うのに対し、メガネの女生徒はたじたじになりながらも宥める。

 前者がサッカー部の生徒で、後者が生徒会の生徒だろう。

 よく見るとサッカー部側に立つ制服の生徒は天政くんだ。

 確か恵梨香から彼はバスケ部だと聞いていたが、彼がなぜここにいるんだろうか。


「どうして天政君がここにいるんですか。それにバスケ部のあなたにこのことで口を出す権利はないはずです」


「俺は鹿王の友人だからだよ。それにうちのバスケ部もサッカー部と同じく予算を減らされているだよなぁ」


 天政君は含みのある言い方で恵梨香を見て、不服を申し立てる。

 まるで恵梨香に何かしらの非があるような言い方だ。

 詳しいことは知らないが、今まで出た情報の中で恵梨香が責め立てられるようなものはないはずだが。


「しょがないでしょう。バスケ部もまた現状維持で良い成績を出せなかったのですから」


「本当にそうか。俺と関わりのあるサッカー部とバスケ部をお前が故意に冷遇しているようにしか思えないんだが」


 あり得ない。

 生徒会とは言え、恵梨香が担当しているのは書記だ。

 経費を管理している会計でもないのに、そんなことをすることはできないし、わざわざ学園の管理するお金に手を出して、天弦学園長に眼をつけられることをするわけがない。

 たとえ報復する気があったとしてもこの手だけは絶対に取らないだろう。


「言いがかりはやめて下さい。どうして私がそんなことをするって言うんですか。あなたは私の何を見てきたんです?」


「もう婚約者でもなんでもないからな。もう俺とは赤の他人だ。何をするかわかったものじゃない」


 俺の時と同じ状況だ。

 自分と懇意にしてきた人間であっても、害が及ぶかもしれないとわかった瞬間に警戒し、排除しようとしている。

 言うなれば友人の援助を口実に恵梨香に対する嫌がらせをして、恵梨香を排除しようとしているのだ。


 しかも当人のニヤケ面からして、恵梨香が惚れた弱みで攻勢に転じられてないことはわかっているのだろう。

 あわよくば恵梨香の風評を悪くして、サッカー部に恩を売れれば良いとか思っていると言ったところか。

 胸糞が悪い。


「赤の他人にもそんなひどいことをしないよ。恵梨香は」


『ひな祭り』までは干渉をしないどこうかと思っていたがやめた。

 このままでは恵梨香が潰されかねない。


「何をわかった気でいるんだ、お前は。婚約者だったこの俺がわからないというのに、どこの馬の骨か、わからないお前に何がわかるというんだ」


 生徒会に隠れていたため俺に気づかなかったようで、俺に眼を向けると昨日のことを思い出したようで苦々しげな顔をしながら、俺の発言にすかさず否定を入れてきた。

 どうやら俺が恵梨香の家庭教師とはまだ同定できてなかったようだ。


「わかるよ。家庭教師をやってるんだから。こっちは何の繋がりもない赤の他人より身分の劣っている雇用者だからね」



「お前が……」


 俺を凝視すると「話に出てた家庭教師ということはこいつ、出鱈目人間か」とうめくように呟いた。

 やっと俺が恵梨香の家庭教師ということに結びついたようで、あからさまに警戒をにじませている。

 このまま下がってくれればいいが、周りには友人がいるのでメンツを保つためにもここを引き下がるわけにはいかないだろう。


「ひ、卑怯だぞ。多勢に無勢で追い詰めて」


「ブーメランになっていることに気づいてる? 朝、麻黒さんを囲ったことと、さっき生徒会の人を囲ったことを思い出してみた方がいいじゃない」


 長引かせてもどんどんと恵梨香にダメージが入りそうなので、少し強めな口調で反論すると天政君は顔を真っ赤にしてこちらに近づいてきた。


「こ、こいつ!」


 振りかぶって拳を振るってきたので、避けると天政君はこけて転びそうになった。

 怪我でもされたら嫌なので、慌てて背後から腕に手を回し、支える。


「ちょ!?」


 勢いが乗ってい他ので、関節を痛めてないか気になり、そう問いかけると天政君は耳まで真っ赤にして俺の腕を振り解いた。


「は、離せ! もういい!」


 憤懣やる方ないといった感じで天政君は出ていく。


「秋也、やるわね」


 麻黒さんが満足そうにそういう一方で、恵梨香は嬉しそうな悲しそうな複雑そうな表情をしている。

 目下の問題が片付いた一方で、天政君の出来事で起きた精神的なダメージが大きいのだろう。








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