18時頃からネックレスを購入をしてもらえるデートがあるため、摩耶はルンルン気分でお色直しのために帰路についていた。
ついでに何か他にも買ってもらうかと思い、高級ブランドの新作をネットで見ようとスマホを見るとSNSに通知が溜まっていることに気づいた。
おおよそ今の彼氏たちからだろう。
最初の方は面白かったし、ちょっとした全能感のようなものを楽しめたが、今はあまりにも多いメッセージに圧倒的に面倒くささの方が勝っている。
少しため息を吐きつつ、ブランド公認のアプリに指が行くのを止めて、SNSを確認する。
「え、デートキャンセル? なんで? あたしのネックレスはどうなるのよ!」
すると摩耶の目に天政からデートをキャンセルをする旨の連絡が届いており、浮かれた気分が瞬時に消え、憤怒に染まる。
「これだから御坊ちゃまは嫌なのよ」
摩耶は御曹司のおぼっちゃまのこういう移り気なところが大嫌いだった。
ちょっとしたことですぐに塞ぎ込んだり、周りのことを気にせずに当たり散らしたり。
わがままなことこの上ないのだ。
秋也が恋人だった時は自分が振り回す側だったのに、今はいつも振り回されてばかりでストレスが溜まる一方だ。
やはりいつでもフラットかつ、いくらでも自分のために尽くしてくれる秋也が摩耶には必要だった。
「やっぱり将来の保証も大事だけど。今現在のあたしの幸せも大事ね」
そのための算段は今回の『ひな祭り』でしこめている。
今までの積み重ねの中で嫌でも秋也は摩耶の作った人形を見つけるはず。
これだけ摩耶のことがわかっている自分がなんで摩耶と一緒にいないんだろうと寂寥感を覚えるだろう。
今回の『ひな祭り』では勝つことなどおまけに過ぎない。
摩耶の本当の狙いは秋也を自分のハーレムに入れるキッカケを作ることだった。
「絶対に取り戻すは秋也。やっとチュートリアルキャラの良さがわかったの。ちょっとしたことで物を教えてくれる上に、莫大な報酬を支払ってくれる存在の良さが」
ーーー
天政君と一悶着あった我々は少し遅めの時間に麻黒邸に訪れた。
「早速、『ひな祭り』に向けて用意をしたいところだけど、大会で使われると思われる物を用意するのにもう少しかかるから、今日は取り合えず羽咲さんの作るものの癖を把握することにするわね」
麻黒さんの部屋まで行くかと思ったのだが、麻黒さんはリビングで立ち止まるとそうこちらに語りかけ、リビングの奥に進み始めた。
この先に何があるのか、把握していないので何があるのかはわからないが、常識に考えればリビングに隣接しているのはキッチンだ。
おそらくだが、そこで恵梨香に手料理を作ってもらうとかどんな感じだろうか。
リビングを奥まで進むと扉を隔てて、ダイニング(食事のための部屋)が広がっており、その奥にある少し大きめな扉を潜ると厨房と言っても差し支えのないキッチンが現れた。
予想は外れてなかったが、現れたもののクオリティが想定の域を大きく超えている。
流石日本有数のお金持ちである。
おそらく普段は麻黒家の食事を作るために専属のシェフたちが忙しなく動き回っているのだろう。
肉や魚を捌くための大きな作業台の上には、ありとあらゆる食材が積まれており、さながら何かしらの料理番組のスタジオみたいな様相を呈しており、今日のために特別仕様にしていることが窺えた。
「じゃあ、羽咲さん、ここにある食材で料理を作ってくれるかしら」
「わかりました。これだけ充実してると作るものに困ってしまいますね」
「迷えるくらいには料理が得意なようで安心したわ。私も料理を作るから、秋也君は私の部屋で待っていてもらえるかしら。料理ができたら呼ぶから、その時に作った料理のどっちが羽咲さんのものか当ててみて」
ーーー
麻黒さんたちが料理を作るまで暇を出された。
彼女に言われた通りに麻黒さんの部屋に入ると、机の上に飾ってある身の覚えのあるおもちゃのブレスレットと前までなかったおもちゃ箱が目に入った。
あのブレスレットは俺の家にあるものと同様のものに見えるが……。
一瞬、あのお祭りの時の子が麻黒さんではと思ったが、幼い令嬢が何の警護もなく、あんなところにいるということはまずないだろうと否定し、中央に配置されているおもちゃ箱に意識を移す。
麻黒さんの部屋にあるものは好きに使っていいと言われた上、これみよがしにこれで暇を潰して言わんばかりに部屋の中央にあることを考えれば、これは俺のために用意されたと思っていいだろう。
なんだか逆にこれでスルーするのも、いたたまれない気持ちになり、興味半々、義務感半々でおもちゃの箱を覗く。
箱の中には麻黒さんの質素なイメージとは大きく異なり、次世代ゲーム機やら、見たこともないものから大ヒットしたものまで多種多様なおもちゃなどとかなり豪勢な内容になっている。
クラスメイトなどがたまに言っている関わりのある企業から送られてくるサンプルと言ったところだろうか。
昨日はここに存在していなかったことも考えみて、趣味で集めているというのは考えにくい。
「これだけちょっと違うな」
飛び込んできたおもちゃたちの異様に目を奪われていたが、真ん中に場違いな正方形の箱があるのを発見した。
明らかに他のものと違うものだし、無地の箱におもちゃのようなジャンク感がない。
おもちゃ箱の中に入っていたし、中を確認してダメということはないはずだが。
「これは……!」
中を確認してみると、ダイヤモンドが見えた。
なぜこんなところにダイヤが思うと、お金持ちのお嬢様なのでダイヤモンドを与えられていても不思議ではないことに気づいた。
もしかしたらダイヤを入れて、どうするか試している可能性もあるが、麻黒さんはそこまで俺に対して疑心暗鬼な気持ちは持っていないと思う。
おおよそ幼い頃にもらったが、興味がなくてここに入れてそのままといった方がいいだろうか。
麻黒さん今でも地味におもちゃのブレスレットとかの方に興味を持っているし、その線が一番濃厚そうだ。
とりあえずダイヤモンドからは破滅をもたらす予兆を感じるので見なかったことにして、いくつかのおもちゃで試しに遊んでみることにした。
ーーー
おもちゃの凝ったギミックに自分の幼い頃と比べて、着実に進歩していることに感心しているとついに料理が完成したようで電話が来た。
キッチンまで降りてくるとすでに料理が食卓に並んでいた。
二人はちょうど配膳したところだったようで食卓の近くに、コック然とした姿で立っている。
格好からプロフェショナルクオリティを感じざるを得ない。
「来たわね。ここに並んだ。カレーと麻婆豆腐どっちが羽咲さんが作ったものか、当ててくれる」
「カレーと麻婆豆腐……」
俺が感心していると、目の前にある見たこともない料理を麻黒さんがカレーと麻婆豆腐と紹介し始めて、認知機能がエラーを起こす。
目の前にあるのはピンク色の液体のかけられたご飯と豆腐の浮いた真っ黒いスープだ。
色合いからして既存のものから全く遠ざかっている。
そこはかとなく不安を覚えるが、このために決して少なくない時間を使って作ってくれたので、ここで食べないという選択肢は取れない。
「じゃあ、まず一口ずついただくね」
食卓にあるスプーンを取ると、ピンク色のカレールーとご飯を半々になるように掬い、口の中に入れる。
南無三……!
パクリ。
口の中にスパイスの刺激と濃厚なコクが広がり、カレーに溶け出した素材の旨みが後から追ってくる。
「うまい! お手本のようにスタンダートなカレーだ」
味は文句ないだが、色だけが食欲を減退させるショッキングピンク。
おそらくだが味からして、杓子定規のようにレシピに忠実に作ったように思われる。
このカレーは几帳面なところがある恵梨香が作ったもので間違いないだろう。
何を理由にピンク色にしたのは知るよしがないが、おそらく恵梨香の嗜好が関係していそうな気がする。
俺の中で答えはもうすでに出ているが、せっかくだし、続けて麻黒さんが作ったブラック麻婆も一口行かせてもらおう。
麻黒さんの性格からして、結果がわかった途端、用無しとしてダストシュートに入れそうなので、こうした方がいいだろう。
自分の労に関して、彼女は軽んじるところがあるからな。
俺として自分のために苦労して作ってもらったものが、本人からとはいえ無碍にされてしまうのは精神的ダメージを禁じ得ない。
真っ黒い麻婆にスプーンを沈めると口の中に入れる。
口の中に衝撃が走った。
至高と言っても過言ではない。絶妙な加減に調整されたスパイスや調味料が的確に味蕾を刺激し、最高度の旨みが舌の上で炸裂する。
だがそれを狙いすましたのかのように、爆発力のような辛みが食道全体で大喝采をあげる。
「美味い! けど辛い!」
水が欲しいなと思うと、口の中で辛さが消えていることに気づいた。
まさか審査に影響があると思って、辛さが消えるように調整したのだろうか。
そうだとしたら異次元の料理の腕前だ。
「秋也、カレーと麻婆豆腐。どちらが羽咲さんが作ったか、答えてもらえるかしら」
「恵梨香が作ったのはカレーの方だね」
「正解です。よくわかりましたね。秋也」
「一つだけ聴いていいかな、なんでカレーをピンク色にしようと思ったの?」
「いえ、カレーの色でどうしてもあるものを連想する人もいるので、できるだけ連想しない私の好きな色をチョイスしてみました」
「気遣いはよくわかるけど。ピンク色は甘いイメージのある色だから辛いカレーをその色に混乱するから他の色の方がいいかな」
「なるほど。参考になりますね」
恵梨香はなるほどと言った感じで顎に手を当てると、スマホを取り出して、入力し始めた。
おそらくいつものようにスマホのメモ帳に俺の言葉をそっくりそのまま入力しているのだろう。
「秋也、私の麻婆豆腐の感想も聞かせてもらってもいいかしら」
感想か、正直かなり複雑だ。
辛さがとんがりすぎているが、それを補ってあまりある美味しさとキレの良さがあるからな。
十分肯定してもいいが、常識的に考えると肯定してはいけない気がする。
「そうだね。辛さを突き詰めすぎな感はなくはないけど、すごく美味しかったよ」
「突き詰めすぎた辛さ。私はちょうどいい辛さだったけど認識を修正する必要があるわね」
喉を通り越して、食道に至る辛さをちょうどいいと言うとは、麻黒さんは筋金入りの辛党のようだ。
昨今の激辛ブームがここまでの辛党を生み出してしまったのか、生来の麻黒さんの性質か。
辛さが苦手な人は麻婆のあまりの辛さに気絶しかねないので、被害が出るまえに修正ができて良かった。
ーーー
我々は恵梨香が気絶しかけたりするなどのハプニングもあったものの、料理を3人でシェアして綺麗に食べ終わると今日の対策は一旦終わりにして、今後の予定について突き詰めることにした。
「土曜日にはひな祭りに使うためのセットが揃うから、その時に対策のついでに山の下見に行きたいと思っているのだけど、どうかしら」
「できるなら実際と同じところでやった方がいいので是非とも私はやらせて欲しいです」
「俺も合わせてやれるならそっちの方でいいからそれでいいよ」
麻黒さんの提案に全員がOKの返事を出したので、とりあえずのところ土曜日の予定は決まった。
休日は対策する時間で多く取れるので、ここの予定が充実するものにできたことは大きい。
それに平日は俺のバイトだったり、恵梨香の生徒会活動があったりして、全員が集まれる機会が限られているので、休日の間にできるだけ習熟させたいという思いがあるこちらとしてはこれだけ充実させることができるのは僥倖だ。
これも偏に麻黒さんの情報収集能力と財力があっての賜物だ。
「じゃあ決まりね。今週は二人とも予定が合わないから土曜日と日曜日にきっちりと練習をしましょう」
麻黒さんがそう週末に集まる約束を取り付けると、我々は解散して、それぞれ帰路についた。