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第20話  追い込まれる幼なじみ


「やばい、なんで? どうして?」


 摩耶は恵梨香への露骨な妨害をした後、多数の令嬢から抗議をされて放流場所から退場させられ、さらに女性職員から特待生奨学金の取り消しの確定を告げられた。

 現在摩耶は学費を奨学金で払っており、奨学金はいわば摩耶が学園生活を送る上での生命線だった。

 止められてしまえば、摩耶の学園生活はそこで終了だ。


「打ち切られたらどうにもならないのよ。なのにどうして?」


 焦燥で目の前が真っ白になりそうになる。

 学費を打ち切られたら、とてもではないが今付き合ってる3人の御曹司のお小遣いを全投入したとしても賄えないのだ。

 現時点でどうあがいても学費を集めるのは無理だ。


 あの女性職員から確定を言い渡されたということは、自身が奨学金を渡すに足る人間かどうか、学園内で生まれており、女性職員に監査対象にされていた可能性が高い。

 せめてそうなっていることを伝えれば、こんな事態にならなかった可能性が高いというのに。

 焦燥を強まるごとに学園への苛立ちが溜まっていく。


 摩耶の頭の中では自分が起こしたことの周囲への影響を与えていることについては一切考慮する余地など存在しなかった。


「あれもこれも全部悪役令嬢のせいよ!」


 ついに自分へ向けなかった分の苛立ちはそのまま陽菜へと及んだ。


「今すぐにあの女をどうにかしないと気が済まない」


 陽菜へのイライラがボルテージに達し、害意が頭をもたげると、摩耶は雛祭の目的である自身を秋也に意識させることを利用する妙案を思いついた。


「そうよ! 多少前倒しになるけど、どうせ秋也のことだからもうあたしにメロメロでしょうから悪役令嬢を裏切らせた上で、学費を工面させれば良いじゃない! まさに一石二鳥ね!」


 摩耶は絶望から一転余裕綽々となると、川下にいるだろう秋也のもとに向かう。



 ーーー


 雛祭が終わると片付けをすることになった。

 基本怪我の危険のある大きなものや危険物に関しては職員や業者さんがやるが、生徒たちが使ったスポーツ交流会の道具やレジャー関係の道具ついては原則使用した生徒がすることになっている。

 ほとんどのお金持ちは使用人がいる人が多いので、代わりに使用人がやっていることが多いが、俺は使用人はいないので自分でやるしかない。

 片付け開始前に麻黒さんが代わりに使用人を寄越そうかと持ちかけられたが、これしきのことを使用人の人に頼るのは流石に申し訳なかったので、辞退して俺に付き合わせるのも悪いので先に帰って貰った。


 今はバスケットボールが一つ足りないということで、それを探して会場の方々を回っているところだ。

 バスケのコートの近くはあらかた探し終わったので、次は少し離れた雛人形を拾った川下付近を探す。


「どんなプレーをしてもこんなところには飛ばないはずだけどな」


 おおよそないのではないと思うが、変に先入観を持って探さないのは探し物では悪手なので、念を入れて探す。

 ぱっと見はないように見えるが、死角にある可能性がある。

 周囲にある岩陰や草むらを探そうかと思うと、こちらに向けて、摩耶が近づいてくるのが見えた。

 摩耶が俺に用があることなどないだろうに一体なんだというのだろうか。

 足取りが若干ステップを踏んでいるようになっているので心なしか、テンションが高い気がする。


「秋也、見いつけた!」


 摩耶は猫撫で声を出すと手慣れた様子で近づくと俺の胸に顔を埋めた。


「雛祭中ずぅっとあたしのこと気になってたでしょ?」


 こちらが逃げないようにするためか、腰に腕を回すと密着したまま上目遣いで問いかけてくる。

 確かに妨害をしないかどうか気になっていたので、気になっていなかったといえば嘘になるがずっとではない。


「ずっとは流石に気になってないけど」


「恥ずがらなくても良いのに! あたしと秋也の仲でしょ?」


 摩耶は都合のいいことを言うと抱きつく勢いを強くしてくる。

 俺とは自分から敵対して、現在もその最先鋒にいるというのに今更何を言っているのだろうか。


「ねえ、悪役令嬢なんて捨ててあたしとまた一緒になろうよ」


 呆れた。

 おおよそ天政君が取られて気に食わないので、俺を引き抜いて麻黒さんに目にものを見せてやろうとでも思っているのだろう。


「離してくれる。そういうのいいから」


「は?」


 俺に断れると思っていなかったのか、心底驚いたようで勢いよく顔を上げた。

 目を大きく開けて、さながら叩かられると思ってなかった飼い主に叩かれた猫のような顔をしている。


「あたしのこと好きでしょ? なんで?」


「もう好きじゃないよ。摩耶から方から拒絶したでしょ。それに摩耶は今付き合ってる相手がいるんだから好きだったらダメじゃん」


 俺がそういうと摩耶は顔色を青くして、脱力したように俺に巻きつけていた腕を解いた。

「なんで、なんで」と、うわ言のように呟いている。

 どうやら俺はよほどチョロい部類の人間だと思われていたらしく、拒絶されたことが心底ショックらしい。


 これ以上付き合わされてもたまらないし、今は仮とはいえ麻黒さんと付き合っている状態なので見られて変な噂がたっても面白くないので、その場から去ることにする。


「ま、待って! 奨学金を打ち切られそうでやばいのよ。助けてよ」


 踵を返すとすぐに摩耶が嘘とわかるようなことを言ってきた。

 確かに学園の奨学金の基準はかなり厳しく、一度テストで主席から落ちて、かつ生活態度が悪ければアウトだ。

 だがちゃんと抜け穴があり、生活態度についてはよっぽどのことをしない限りは悪いと判断されないため、即時打ち切りなどということにはならない。

 それに打ち切られたとしても俺よりよっぽどお金持ちの御曹司が2人もいるのだ。

 摩耶1人の学費くらいならどうとでもなるはずだ。


「嘘はいいよ。奨学金打ち切りが本当なら今いる2人に頼めばいいだろ。俺頼む必要性がない」


「秋也はお金持ちを知らないから御曹司のお小遣いがどれだけのわかっていないのよ」


「知ってるよ。陽菜が実際に雛祭の練習のために使ってることを見たことあるし」


「あれは特別なのよ! 普通はそんなにない! お願い、信じて! 秋也じゃなきゃダメなの!」


「もういいよ、どうせそう言ってまた裏切るんだろ。 あ!」


 摩耶の茶番を突っぱねていると岩陰にバスケットボールがあるのを発見した。


「ボールあった!」


「ぼ、ボールって何よ……。あたしの事とボール、どっちが大切なの?」


「人がいっぱい困ってるから。今はボールの方が大切かな」


 ボールを拾うと摩耶の声は聴こなくなった。

 やっと諦めてくれたらしい。

 待たせているし、ボールを早く片付けに行くか。



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