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第21話 地獄から舞い戻る親友


 雛祭を明けた翌週、2人の御曹司ーー星源光輝、近江律は摩耶の様子に絶句した。

 いつも活力に満ち溢れているはずの摩耶がまるで廃人のようになっている。


「摩耶、一体どうしたんだ?」「死にかけに見えるが大丈夫か?」


「学校……。秋也……。お金……」


 光輝と律の2人が案じて声をかけるが、摩耶は相変わらずボソボソとうわ言を呟くだけで返事は帰ってこない。

 フォロー力に自信がある2人でもこれでは事情もわからないし、どうにもならない。


「雛祭で何が起こったんだ?」「天政はなんで姿を表さないんだ」


 雛祭の結果が報告がされないため、覆いの外にいて事態を把握できていない2人はさらに困惑を強めていく。

 まだ朝ということもあり、噂自体そうそう上がらず、しかも雛祭りの参加者は限られているのでこの状況を形成するのに一役買っていた。


「もしかして失敗したんじゃ?」


「天政はブランドメーカーの息子だし、あいつの目は確かだ。デザイナーの性格からそのデザイナー本人が作った作品を見破ることくらい造作もなくやってたんだぞ。そんなわけないだろ」


「じゃあこの状況はどう説明するんだよ」


 混乱の末、生じた光輝の懸念に対して律は否定するが、摩耶が廃人化し、天政が離反している現状を考えればとてもではないが否定しきれなかった。

 本心ではそうであって欲しくないと思っていても、状況は雄弁と完膚なきまでに敗北したことを示唆していた。

 光輝も本心では敗北したなどとは思いたくはないが、状況からどうしても認めざるを得なかった。

 しばらくの間、2人は沈黙し、人がまばらな教室には摩耶のうわ言だけがポツポツと聞こえるだけとなった。

 2人がひとまずのところ解散しようかと教室を出ようかと思うと、扉の前に男子生徒が現れ、2人はその顔を見て、驚き足を止めた。


「お、お前は!? 冬夜か?」「どうしてここにいるんだ? 今は理事長に追い打ちをかけられているはずじゃ!」


「余裕ができたから戻ってきただけだ。どけ」


 疑念を口にする2人に対して口少なに答えると、道を開ける2人の間を通り抜け、摩耶の元に向かう。

 冬夜は明らかに変わっていた。

 前までの現在成功している状態で、その経緯を問い掛けられれば、喜んで武勇伝を語っていたはずだが、今回はどうでもいいことのように流している。

 まるで変わった冬夜の様子に廃人状態にある摩耶も心が揺れ、うわ言を止めて、彼を見つめる。


「その様子だと秋也にまた負けたようだな」


 発された言葉の以外さに摩耶の意識が冬夜に固定された。

 プライドの塊のような人間が、自分が負けた事実を肯定したのだ。

 それは嫌というほど冬夜の高慢さに振り回された摩耶には天地がひっくりかえたも同じようなこと。

 廃人状態でなければ、腰を抜かして地面に尻餅をついていたところだっただろう。


「大方、派手にやって奨学金を解除されたってところか。……学費ならが払ってやらんこともないぞ」


 学費が払ってもらえる。

 その言葉が響いた瞬間、摩耶の意識は一気に覚醒した。


「は、払えるの?」


「無論、小遣いだけでは無理だが、会社の金を使えば余裕で払える」


「大好き♡」


 冬夜の払えるという返答を聞くと、摩耶は彼の体に寄りかかり頬にキスをする。


「だが条件がある」


「え?」


 摩耶は続けられた想像してなかった言葉に驚き、冬夜から身を離して、再び彼の顔をまじまじと見た。

 冬夜は鹿爪らしい顔をしており、何が目的か、さっぱりわからない。

 何かやばいことを要求されるのではないかと摩耶がビクビクしていると、冬夜は口を開いた。


「次の修学旅行、お前らは自分からは何もせず私の言うことを聞け」


 摩耶の想像とは違って、冬夜の要求は遥かに軽いものだった。

 そんなことなら前回も同じようなものだったし、全く問題ない。

 むしろ秋也に突き放され、まだ精神的ダメージが抜け切ってない摩耶からすれば渡りに船だ。


「私が今度こそ秋也に引導を渡す」


 摩耶が返事を返そうと思うと思いが先走ったのか、冬夜はそう口走る。


「いいわね。冬夜」


 溢れ出る闘志に摩耶は期待を抱いた。

 前回とはモチベーションが比べ物にならない。

 元々有能な人間なので、やる気さえあればうまくいく可能性も少なくはないはずだ。

 摩耶が一番排除して欲しいのは陽菜だが、秋也にちょっかいをかければ摩耶も出張って来ることは間違いない。

 退学の危機の絶望から一転、摩耶は勝利の希望を抱き始めた。
















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