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第34話 バケモノ


「オストラチア賢治本人ですね。申し訳ありませんが、私では対処できませんので佐藤様、星源様をこちらへ」


「え、もしかして秋也に足止めさせるつもり?!」


「それしかないので」


「秋也がなんでもできるからっていくらなんでもあんな人類と別枠の生き物と戦わせるなんて非常識よ!」


「落ち着いてください」


 恵那が取り乱すと桃さんは恐ろしく早い手刀を首に入れて、意識を刈り取った。


「佐藤様、お二人ともはこちらで預かりますので」


 桃さんはそういうと俺が担いでいた光輝くんを引ったくるような勢いで抱えると走っていく。


「かなり優秀な子だね。足手纏いを見つけて排除するなんて君はどうなのかな?」


 誘拐犯は俺がここから先に通すわけいかないと言うことを知っていて、こんなことを言っているのだろう。

 どうやら確実にここで直接ぶつかるのは避けられなさそうだ。



 ーーー


 賢治は久しぶりに気分が高揚していた。

 傭兵という仕事柄、戦いはビジネスであるため、必ず勝てる戦場で戦うことが多く、緊迫感のある戦いということをここ数年味わうことができていなかった。

 銃のエキスパートである賢治にとって苦手分野である徒手空拳での戦闘とはいえ、賢治は今、少年に押されている事実が面白くてたまらなかった。

 最初のタックルで終わるかと思っていたのに、まさか胸を蹴り上げて、息を乱されるとは。

 賢治が近接戦闘の実践経験がなければ、呼吸を戻せずにパニックに陥り、戦闘不能になっていたところだ。


「ハハハハ! 君面白いな!」


 賢治は喜色満面の状態でアッパーを放つと、緊張した面持ちで秋也がフックを放った。

 常識に則れば、先手を出した賢治のアッパーが先に届くはずだが、秋也のフックが先に賢治の顎に入る。

 これだ。

 まるで因果が逆転したように後手に回っているはずの秋也の攻撃がなぜか先に入った。

 戦闘ではもちろんのこと、ちょっとした小競り合いや喧嘩でも拳を振るったことのある賢治の拳が、今まるで拳など振るったことのないと言っているような傷一つない綺麗な手をした少年の拳に練度で負けていることをその結果は証明していた。

 今、戦闘の天才と賢治は戦っていることを確信している。


「ベースはマーシャルアーツかな? こんな平和な国でどうしてそんな凶悪な戦闘技能を獲得したんだい?」


「いや、昔俺にその技能を習得したいて子がいたからそれで」


「へえ、君格闘が超一流なだけじゃなく、教えることも上手いんだね」


「いや俺は教えることが本業だし、教えた子の方が俺よりうまくなっていますし」


「ハハハハ! 面白い冗談だ! 君みたいなバケモノ、幾千もの戦場を巡って見たことなかったのに、さらにその上がいる?」


 これよりももっとうまい人材がいる。

 その事実にほくそ笑むのを抑えられなかった。


「いいぞ♡ いいぞお♡」


 日本にバカンスに来た事は正解だった。

 まさかこんな掘り出しものに出会えるとは。

 拳を振りながら賢治の喜びは絶頂期を迎えた。


 ーーー


 なんだこの人は。

 こちらが殴っているというのに、終始笑みを浮かべている上に、肉体の損害に反して、全く参った様子がない。

 バケモノだ。

 俺が若干気味が悪く思っていると不意に誘拐犯が攻撃をやめた。


「ふう……。これ以上やると変なテンションになって銃を使いたくなっちゃうからやめることにするよ。君のことだから死なないだろうけど、嫌われちゃうだろうからな」


「銃って、嫌う嫌わない以前の問題じゃ」


「そうなんだ。日本には基本いないからわからないな。君さ、手を出してくれないかい?」


 俺は邪気を感じなかったので手を差し出すと、手の上に名刺が載せられた。


「これは?」


「俺の名刺で、君へのスカウトチケットだよ」


「スカウト!?」


「戦場は嫌いかな? 君がそれを受け取ってくれないと俺はヒカリちゃんを追いかけることになるんだけど」


「受け取りますけど」


 まさかのスカウトに動揺すると、誘拐犯が脅迫をして来たので素直に名刺を受け取る。


「いいね。君のこと待ってるよ、ジーニアス。それと例の天才の上の子も紹介してくれると嬉しいよ」


 まさか誘拐犯にスカウトされるとは思ってもみなかったが、とりあえず光輝くんは追いかけないことを確約できたので今回の救出作戦はひとまずのところ成功といったこととなった。


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