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第33話 変わり果てた元婚約者


『昨日の今日だけど、秋也大丈夫よね?』


「とりあえずのところ住居侵入罪とか、その他もろもろは大丈夫らしいし、誘拐犯は花園家の会合ってことで出てる上にその道のプロの人も協力してくれるから大丈夫だよ」


 心配で電話して来た恵那に対して、大丈夫であるという旨の言葉を告げる。


「桃さん、待たせてすいません」


「いえお気になさらず、支障はありませんので」


 社長から紹介された潜入のプロこと愛川桃さんにお詫びを入れると、口少なにフォローをもらった。

 前麻黒さんの家に訪れた時に案内してもらった高級メイドの愛川さんのお孫さんだけあって、物静かで楚々とした雰囲気が似ている。

 どういう経緯で潜入のスキルを身につけたのかはわからないが、多くを語らない感じはプロフェショナルさを感じざるを得ない。

 プロクオリティだと思うのは昨日、潜入の仕方を教えてもらうのもあるかもしれないが。


「星源光輝以外在宅していないことが確認できたので、正面から入りましょうか」


 桃さんは家の内部にある盗聴器から音を傍受する機器のイヤホンを耳から取り外すとこれからやることを提示する。

 誘拐犯のオオグロチャンことオストラチア賢治は花園家から盗聴器やカメラで監視されているとの見立てだったが、本当にその通りだったようだ。

 花園家からも危険視されているのか、花園家が用心深いために関心されているのかはわからないが、ギリギリのところで成り立っている信頼関係のようなものを感じて、相手が別世界に生きているのを改めて実感する。


 桃さんの指示で扉をピッキングして開けると、桃さんはすぐ空いた扉から中に入り、事前の打ち合わせ通り、目にも止まらない速さでブレーカーを落とした。

 これで内部にある盗聴器やカメラはバッテリーで動くタイプ以外は無効化できたことになる。

 バッテリータイプのものはまず電気の届かない場所での用途が主なので、都市圏にあるここで使う必要のないことを考えれば、まだ目や耳が残っている確率は低いだろう。


 あとは盗聴できなくなったことに気づいて、駆けつけられる前にここから迅速に光輝くんを連れ出すだけだ。


 タッ。


 今後の予定を頭の中で確認していると背後から足音が聞こえた。

 例の誘拐犯が来たのかと思い振り返るとそこには緊張した面持ちの恵那がいた。


「恵那?」


「ごめん、どうしても気になって。 麻黒社長から場所を聞いて来ちゃった」


「社長からね」


 恵那が俺の疑問に対して答えると、桃さんが思案げに顎に手をやった。

 電話して間をおかずに来たので、先ほど俺に電話をして来たのは、場所の確かめと着くまでの時間稼ぎのためでもあったのかもしれない。


「社長が最終的に伝えたということは稀崎様へのサービスということですね。佐藤様、申し訳ありませんが、稀崎様も同行させていただきます」


 俺としてはそこまで余裕がないとは思うのだが、この救出の要となる桃さんの決定なので文句を言うわけにもいかない。

 それに技術だけ習得しただけの素人の俺がすでにいるので、彼女としてはもう1人素人が増えようとあまり変わらないのかもしれない。


「ええ、大丈夫です」


「ご協力に感謝します。少しペースを上げて現場を抑えられるリスクを小さくしたいと思うのでよろしくお願い致します」


「了解です」


「ちょ、早!」


 ーーー


 奥にある居間に進むとメイド服を着せられたツインテールの光輝くんがソファの上で寝転がっているのが見えた。


「お、男としての尊厳が完全に破壊されてるッ!」


 女装させられた光輝くんを見て、恵那が声を上げる。

 正直俺は光輝くんの姿については女装させたものを見ていることが多かったので、あまり違和感は感じなかったが、恵那にとってはかなりの衝撃だったようで彼女の表情は驚愕に染まっていた。

 そのまま恵那は光輝くんの元に近づいていく。


「ちょっと光輝!」


 恵那は寝ているだろう光輝くんの肩を揺すると、ゆっくりと彼は目を開けた。

 心なしか、写真に写っている彼の目と違って今の光輝くんには目に光がなかった。

 今までで見たことのない目だ。

 一体ここで何があったと言うのだろうか。


「あれぇ? ニャンちゃん、どうしてここにいるの? ケンちゃんは?」


「にゃんちゃんって、それはアバターの名前でしょ?」


「え? 何言ってるの? ヒカリ、わかんないよ?」


 恵那が問いかけるが会話が成立していない。

 それに声が完全に女声になっていて、まるで本物の女の子のようだ。

 流石にここまでいくと、彼が異常な状態であることが理解できた。

 このままほっといてもいいことは恵那にとっていいことはないだろうし、時間も押してしまうので、ひとまずは光輝くんを回収することにしよう。


「話は後にして、今はここから抜け出すことの方を優先しよう」


「う、うん」


 俺が声をかけると今の状況を再認識したのか、素直に返事をして恵那は後ろに下がった。


 ーーー


 途中で盗聴が妨害されたことに気づいて、花園家の人間もしくは誘拐犯本人がなだれ込んでくるかと思ったが、無事に光輝くんを連れ出すことができた。

 あとは光輝くんを車に乗せて、星源家に運べば救出完了だ。


「ああ、やっぱりだねえ〜」


「いやああ! 巨人が!」


 虚な光輝くんを担いで、車に移動しようとすると、大男が現れ、恵那が悲鳴をあげた。






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