目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第11話 再会、ひかりの中で

 ベルンと地上に向かって戻っていた途中、壁の一部がくずれているのに気がついた。ひんやりとした風が、どこからか吹き付けてくる。その風が、壁の奥から甘く、誘うような、しかしどこか懐かしい匂いを運んできたような気がした。


「あれ? なんかこの壁……奥に部屋があるみたいだ……ほら、ベルン! ここ、ここ!」

 興奮したように、崩れた壁の向こうを指差した。冒険心がくすぐられる。


「もしかして隠し部屋かな? なにかアイテムが残っているかも! 今回のクエストは残ったアイテム回収が目的だし、ちょっと見てみようか……」


「うーん、でもアリサ弱いし、また魔物が出てきたら……。まだ足も完治してないだろ?」

 ベルンが心配そうな顔で眉をひそめる。

「大丈夫でしょ。ベルン強いし! ねえ、入ってみようよ!」

 私の瞳は、隠し部屋への好奇心で輝いていた。ベルンは、やれやれといった風にため息をつく。

「しょうがないなぁ……」


 部屋の中は、予想以上に広かった。まるで広大な洞窟か、忘れ去られた神殿のようだった。通常の明かりとしてのステッキの光では、奥の方まで全く届かない。詠唱無しでも、暗いところでは弱い光を灯す便利なアイテムだが、これほど広い空間では弱い。


「あ、あっちの方……なんか祭壇のようなものがあるね? ほら!」

 私の声が、薄暗闇に響いた。祭壇の方向を指差しながら、隅々まで見たいという抑えきれない衝動に駆られた。

「ちょっと近づいてみよう……」


 そう言いながら私が近づいていくと、祭壇の上に、見慣れぬ箱が一つ置かれていた。宝箱、いや、アイテムボックス? まるで宝石のようになめらかな表面で、光を反射してピカピカと輝いている。どこか既視感を覚える光沢。大きさとしては人間の赤ちゃんくらい……。

「なんだろう? なんか箱に文字? えっと……グレイフェンタール伯爵? は?」

 脳裏に、遠い昔の記憶が、霧のようにぼんやりと浮かび上がる。何かが、繋がりそうで繋がらない。そして、次の言葉が、その霧を晴らした。

「よいこのおともだち! 大人気! クマのぬいぐるみ」


「……!」


 私の胸の奥が、激しくざわめいた。忘れかけていた、いやすっかり忘れていた、あの記憶が、まるで津波のように押し寄せてくる。

「……? ぬいぐるみ? く、クマの……?」


 震える声で呟きながら、私はあたりを見回した。祭壇のような場所を中心に、まるで何かの儀式のように、大量の同じぬいぐるみと箱が積み重なるように散乱している。それは、奇妙で、どこか不気味な光景だった。

「ああっ、これはもしかして!」

 その光景に、私はたまらず詠唱を始めた。


「聖なる光よ……、すべてのものに光あれ! ホーリーライトニングッ!!」


 迷わず杖を天にかざし、全身の魔力を込めるように唱えた。

 今度は、ただの明かりではない。この場所の真実を暴くかのように、強く、強く。純粋な光が爆ぜ、部屋の全体が白く輝いた。


 すると、入口付近以外、床一面にクマのぬいぐるみと、その箱が散乱しているのがはっきりと見えた。

 その中で、ひときわ異彩を放つ、ボロボロの個体が1つ。


 あの、特徴的なほつれた耳。

 何度も抱きしめすぎて擦り切れた毛並み。

 間違いない、忘れようもない。

 この、今にも取れそうなボロボロの腕、くすんだプラスチックの目。

 幾度となく私と一緒に眠り、一緒に遊んだ、唯一無二の存在。


 ……あたしのクマたん。


「いやぁぁぁぁん、こんなところでクマたんに会えるなんて!」


 嗚咽が漏れた。壊れ物を扱うように、そっとボロボロのクマたんを抱きしめた。温かい涙が、くすんだ毛並みに染み込んでいく。会いたかった。ずっと会いたかった。ごめんね、こんなになるまで放っておいて。


「クマたん! クマたん!」


「……やぁ、かおりちゃん、久しぶりだね」


 背後から聞こえた声に、私は息を呑んだ。普段のベルンとは違う、どこか懐かしく、優しい声。そして、その表情は、もうベルンではない。


「なんであんたがその名前を……」

 私の頭は混乱で真っ白になった。ベルンが、なぜ私の転生前の名前を知っている? まさか……。

「思い出したんだ、君が光を放った瞬間、頭の中に、全てが溢れ込んできたんだ。あの時の海、女神さまの声、そして……君の全てが」

 ベルン……いや、クマたん? あの時、飛行機事故で海に投げ出され、手を離してしまった、私の大切なクマたん。


「そう、あの飛行機事故の後、女神さまのところに呼ばれて、ボクは君をずっと探していたんだ。ただ、かおりちゃんが心配で心配で……だから、もし、かおりちゃんが女神さまのとこに来たら、ボクと同じ異世界に転生させてほしいとお願いしていたんだ」

 信じられない事実が、次々と明らかになる。


「ええっ? そうなの? 女神さまはそんな事ひとっことも言ってなかった!」

 女神さまは、私にそんな大切なことを、なぜ話してくれなかったの? 私の頭は、女神への不満と、クマたん……ベルンとの再会の奇跡で、ぐちゃぐちゃになっていた。


          ―― 第12話へ つづく ――

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?