目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第12話 目指すは最強の魔法使い

 アリサはボロボロのクマたんぬいぐるみを、壊れてしまった大事なものを抱きしめるように、しかし以前にも増して力をこめて腕に抱えていた。

 その前には、剣を構えながら周囲を警戒している、頼もしいクマたん……いや、ベルンが進んでいた。彼の背中は、もう二度とアリサを危険な目には遭わせない、と誓っているかのようだった。

 多くを語らずとも、互いの存在が、何よりも大きな安心を与えてくれる。ダンジョンの薄暗い通路を、二つの魂が寄り添うように進んでいく。


 途中、何度か魔物に遭遇するも、出会う魔物は、もはやベルンの敵ではなかった。彼は迷いなく剣を振るい、その動きは光の舞踏のように美しく、正確だった。

 気がつけば、いつの間にかカバンはずっしりと重くなっていた。これだけの魔石があれば、今回のクエストの目標は達成どころか、お釣りがくるだろう。

 ベルンの実力には、改めて驚かされるばかりだった。


 ――重く湿っていたダンジョンの空気が、少しずつ軽くなり、乾いた、爽やかなものへと変わっていく。


 土の匂い。

 そして遠くにかすかに聞こえる風の音。

 外だ! ようやく、地上に戻れるのだと、全身の力が抜けていくような安堵に包まれた。


 出口の先に、温かい光と、見慣れた人影が見えた。

 ギルドの受付のお姉さんだ! 彼女は、私を見つけるなり、まるで弾かれたように駆け寄ってきた。

 空は茜色に染まり、地平線には最後の光が細く伸びていた。

 薄暗くなっていたが、それはどこか優しく、疲れた目に染み入るようだった。


「アリサちゃん!」


 他にも馴染みの冒険者やおじさんたちも集まってきていた。

 その顔には、安堵と、そして深い心配が入り混じっている。


「く、くるしいよ、お姉さん……」

 お姉さんの腕が、私の身体を力強く抱きしめた。骨がきしむほどだったが、その温かさに、私は全ての緊張から解放された。


「ごめんね、ごめんね! 私がダンジョンクエストなんか勧めちゃったから……」

 お姉さんの声が震えている。私を心配してくれていたのだ。彼女の温かさに、胸がいっぱいになった。

 そんなことないよ。大丈夫だよ。そう伝えたかったけれど、言葉は出なかった。ただ、優しい抱擁に身を委ねた。


   ◯ 帰還


 その日の夜、私たちはギルドの裏庭で話をしていた。夜風が心地よく頬を撫でる。日中の喧騒が嘘のように静かで、虫の音が遠くで聞こえる。


「……かおりちゃんは、これからどうするんだ?」


 クマたん(ベルン)の問いかけに、私は迷いなく答えた。

 あのダンジョンでの絶望と、クマたん(ベルン)が救ってくれた奇跡。そして、自分の魔法の可能性も少しだけ見えた。

 だからこそ、今度は自分の力で、この世界をもっと深く知りたい、と強く願った。


「うん。あたし、魔法使いとして、もっと強くなりたい! 最強の魔法使いになって……そして、この世界を、もっと知りたい!」

 聖女ではない、私が選んだ道。その道を、もっと極めたい。


「そっか……。それなら、ボクも一緒に付き合うよ」

 クマたんは、私の言葉に満足そうに頷いた。その瞳には、私への深い愛情と、変わらぬ決意が宿っていた。

「本当!? ありがとうクマたん!」

 私は嬉しくて、思わず笑みがこぼれた。


「あ、かおりちゃん……いや、アリサ! ボクの名前はベルンだよ。キミのクマたんだけど、今はもうベルンだ」

「あはは、そうだね、ベルン!」

 彼の言葉に、二人の間に新しい絆が生まれたことを実感する。


「……そういえばさ、女神さまは、ベルンを『ボクと同じ異世界に転生させてほしいとお願いしていた』って言ってたけど、なんであたしには言ってくれなかったのかな……」

 ふと、疑問が口をついて出た。どこか呆れたような、不思議そうな口調だったかもしれない。

「そうだな。まあ、今度聞いてみたらいいんじゃないか?」

 ベルンは肩をすくめて笑った。

「そうだね……って、あの女神さまって死なないと会えないじゃない?うふふ」

「あははは、そうだったね」


「ねえ! 見て……月がとってもキレイ……」

「うん……」


 王都の夜空には、満月が煌々と輝いていた。その光は、まるで私たちを祝福しているかのように、優しく降り注いでいた。

 私は、胸の奥で温かく鼓動するボロボロのクマたんぬいぐるみを、二度と手放さないと誓うように、ぎゅっと抱きしめた。


 もう、どこにも行かない。

 君も、私も。


   ◯ 転生ガイドルーム


「ほっほっほ、まさかクマのぬいぐるみに宿った魂がこれほどになるとはのぅ」

「あら? 昔から日本にはこういう例がたくさんあるのよ? 神様ったらすっとぼけちゃって」

「あのぬいぐるみ、『グレイフェンタール伯爵』って商品名で、かおりちゃんが小さい頃に、日本で大流行していたぬいぐるみなのよ。当時の女の子はみんな持っていたんだけど、かおりちゃんのように、ずっといっしょだったのは稀で、『クマたん』だけに魂が宿ったのだけれど、付喪神つくもがみになりそこねた魂なので、私がここに呼び寄せたのよ」

 本来は、姫(串伊那陀姫くしいなだひめ)が担当する領域の魂だったのよねぇ。でもまあかおりちゃんはうちの担当か……。


「しかし、グレイフェンタール伯爵だなんて、そのままズバリな転生後の名前とはねえ。日本で親に買い与えられた時に、『くまさんのぬいぐるみよ』なんて渡されてたら伯爵とか言われても気が付かないか」


「あの祭壇にあった大量のグレイフェンタール伯爵は一体なんだったのかしら?」女神山田は困惑していた。


 ――今回かおりちゃんに付与されたスキルの本来の効果は……


   《聖なる光、ホーリライトニング「人の想いの残滓の|収斂《しゅうれん》」》


「大量の『ぬいぐるみグレイフェンタール伯爵』に宿りし魂を収斂しゅうれんして人の魂への転化を果たしたというわけ」

「あいかわらず最初の説明が雑なんだから、最初から教えてよねっ!」


          ―― クマたん編 おわり ――

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?