私は、木下
公務員試験を突破した私は、高校を卒業して、晴れて市役所の職員となった。
仕事は市役所を訪れる市民の相談に乗ったり、窓口の案内をする受付係。一見地味だと思われているこの仕事なのだけれど、私は好きだな。
市役所って、中の人は、ずっとその仕事をしているのだから、パッと、どこに行けばいいかとか、この申請書はあそことか、すぐに分かってあたりまえ。しかし時々しかこない市民の方は、勝手がわからず同じところをぐるぐるしていたりするんだ。
そんな時、私が声をかけてスマートに案内をすると、とても感謝をされる。困り顔をしていたおばあちゃんとかもニッコリ。
あたし受付係になって本当によかった。
――でも、それは長くは続かなかった……。
「どうしてこんなに困っているのに生活保護くれないんだよ! 書類も受け付けないとはどういう事だ! ギャオオオオオン」
社会福祉課の相談ブースから大声が聞こえてきた。
先輩は、「時々ああやって雄叫びをあげる人がいるけど、いちいち気にしていたらもたないわよ」って言うけど……。
――私は、ほおっておけなくて、声をかけに向かった。
「きれいな服きて、マイカーで通勤して、空調が効いてる快適な空間にいてよぉぉぉ」
「まぁまぁ、落ち着いてください。どうしたんですか? 私でよければお話を伺いますよ」
「お前らなんかに……お前らなんかに、俺の気持ちがッ! 分かってたまるもんかぁぁぁぁぁ」
「ああぁぁおおぉぉ!」
その時、誰かの叫び声が聞こえた。
「あぶない!」
ドンッ!
「きゃああああああ」
「大変だ、受付の子が刺されたッ!」
「子どもも刺されているようだ」
「救急車! 誰か救急車を……」
* * *
「……」
薄れゆく意識の中、そんな声が聞こえたような気がする……。
温かい光につつまれていた……気がついたら、視界すべてが白かった。目が見えているのか、それとも……。
どこまでも真っ白な空間。床も、壁も、天井も……ていうか壁も天井も無い。まるで無印良品の最終進化系みたいな世界。
「……!」
「ここは?……どこ?」
「私は市役所の受付を……そういえば、血まみれの男の子は……」
「ようこそ、異世界転生の待合室へ。ここは迷える魂を、あるべき世界へ導く為の場所なのです。生前、あなたは高校を卒業後、市役所で受付係に配属され、真面目に仕事をしていましたが、傷害事件にまきこまれてしまいました」
(――眼の前の、金髪碧眼の女性が、やさしく語りかけてきた。きれいだ……。サラサラの長いその金髪は、尻のあたりまであって、服も薄くやわらかそうで素肌が透けてみえるよう)
「あの、異世界転生って一体……私、市役所に戻らないと」
「残念ですが、あなたは興奮した暴漢がふりまわした包丁でさされて、近くにいた小さな男の子ともども出血多量で死んでしまいました」
「なんですってぇ! じゃあ、あの男の子、死んでしまったの……」
「とっさにあなたは男の子を守るような体勢をとっていましたが、結果としては無駄になってしまいました」
「そうですか……それで私は、この後どうなるのでしょう。さっき、あるべき世界へ導くって……また人間に生まれ変われるのですか?」
「えぇ、そうです。理不尽な死には神様からの配慮で、もう一度人生をやりなおしをさせてもらえます。そこで……」
ゴトッ……。「職業選択の自由」ガチャを翔子ちゃんの前に差し出す。
「このガチャ……、んっ、コホン……この
「私……市役所の受付係に、とてもやりがいを感じていました。それがあのような形で……。なので、日本で……出来れば、また同じような仕事をしたいのです……」
「同じ世界で、同じような仕事を選択すると、同じ運命を辿り、またここに戻ってきてしまいますよ? なので、異世界に送ります。えぇ、大丈夫ですよ。異世界にも受付係の仕事はありますから」
「異世界? 受付……どんな受付なのだろう……」
「きっと運命が進むべき道を指し示すでしょう。さぁこのレバーを回すのです」
「はい!」グッとレバーを握り、回し始めた。
ガラガラガラガラ、ポンッ!
「では、あなたに付与されるスキルは……」
ファァァァァァァァ……。
《笑顔のちから、パワースマイル「無償の笑顔」》
「は?」(困惑する、翔子ちゃん)
「は?」(同じく困惑する、女神山田)
「あの……笑顔って……? あ、受付係に必須かも?」
「そ、そうですよ! 笑顔でいれば、どうにかなるもんです!!」
「女神さまありがとうぅぅぅ、私、異世界でも受付がんばりますぅぅぅぅ!」
お礼の言葉を残して、翔子ちゃんは異世界へ転生していった……。
あれ? 私、はじめて「ありがとう」って言われた気がする……。
―― 第14話へ つづく ――