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透明な真実
透明な真実
Rui
ミステリーサスペンス
2025年05月04日
公開日
1,399字
連載中
記憶が歪む町で、青年・神谷蒼は目覚める。彼には曖昧な記憶と、繰り返される悪夢しかなかった。 「昨日までの日常が、本当にあったのか?」――そんな違和感に駆られながら、彼は同じく記憶の欠落に悩む少女・高野紗英と出会う。 不可解な事件、消えた住人、曖昧にされる過去。やがて二人は町の地下に隠された極秘施設「RE:MIND」へと辿り着く。そこには「記憶を再構成するシステム」と、町が何度も悲劇を繰り返しながら“やり直し”をしてきたという衝撃の真実が眠っていた。 すべての謎が明かされる時、世界を正常に戻すためには誰か一人が、完全に消え去らなければならないという選択を迫られる。 健一は自らを犠牲にし、町の記憶の歪みを吸収して消滅する道を選ぶ。彼の存在は写真からも記録からも消え、誰の記憶からも忘れられてしまう。 ただ一人、紗英だけが「名前も思い出せない何か」を感じながら生き続ける。 これは、存在をかけて誰かを守った少年の、記憶から消された物語。 “真実”が透明になった世界で、それでも誰かを忘れないと誓った少女の、静かで切ない記憶の断片――。

第一章 静かな書店、眠る言葉

その日、神谷蒼は遅くまで残業をしていた。

外は雨。ざあざあと灰色の空から落ちてくる雨音に混じって、街の喧騒は少し遠のいている。彼は駅までの道を歩く途中、小さな裏路地に差し掛かると、ふと視線の先に見慣れない看板があることに気づいた。

「書肆ミナヅキ堂」

古びた木製の看板。消えかけた金色の文字。そこに灯る明かりは、静かに蒼を誘っているようだった。

彼は何の気なしに扉を開ける。ギイと軋む音。中はしんと静まり返っていた。埃っぽい空気と、紙の匂い。そして、店の奥に佇む老齢の店主が一人。

「いらっしゃい。……珍しいな。若い人がここに来るなんて」

「……すみません、ちょっと雨宿りついでに」

「それで構わんよ」

そんな会話の後、蒼は何気なく棚の一番下に目をやる。そして、そこにあった一冊の本に自然と手が伸びた。

『透明な真実』

黒革のような表紙、金の文字、しっとりと冷たい質感。著者の名はなく、出版社名も記されていない。ページをめくると、奇妙な物語が始まっていた。

「彼らは誰にも見えない。ただ“意識”だけが、彼らの存在を知覚する。彼らは透明なまま、人々の記憶に巣食い、真実を塗り替える。」

まるで記録か予言のような文体。登場人物は名前を持たず、地名も曖昧。ただ、“この町”とだけ繰り返される。

そして、蒼の目に止まった一文。

「5月12日、午後2時13分。高架下で一人の青年が自ら命を絶つ。彼の名はY。彼は“透明な人々”に取り憑かれていた。」

その日付は――明日だった。

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