目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第三章 高野紗英

紗英は、蒼の幼馴染だった。

大学で心理学を学び、今は研究機関に勤めている。記憶と認知の研究をしているというが、具体的な話をしようとすると、いつも笑ってごまかしていた。

蒼は、翌日すぐに紗英に会いに行く。彼女は、最初からその話を予測していたような表情をした。

「……あの本、見つけたんだね」

「知ってるのか?」

「私も、大学時代に一度だけ手にした。でも……捨てた。いや、捨て“させられた”。」

「何の話だよ……あれは、フィクションじゃないのか?」

紗英は、しばらく黙ってから、視線を上げた。

「私の母親が、“透明な人々”に出会ったの。十年前、私がまだ中学生の時。母は突然、誰にも覚えられなくなった。隣人も、親戚も、父でさえ……まるで、最初からいなかったみたいに。」

「……そんなバカな」

「“透明”になるって、物理的に見えなくなるんじゃない。記憶から消えるのよ。存在そのものが、すべての人から抜け落ちていくの」

蒼はぞっとした。まるで都市伝説のような話だったが、昨日起きた出来事がそれを否定させなかった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?