ルーテンベルクの一角で、男の子の産声が上がった。出産という大仕事を成し終えたった今、母親になった女性は我が子の顔を見ると安堵して一筋の涙を流した。
傍にいて女性の手を握っていた男性は、それこそ涙でグシャグシャになりながら世界一愛おしい女性と産まれたての我が子を抱きしめて男泣きしていた。
それからの1週間はそれこそ嬉しくて幸せで満ち溢れていた。
だが、その幸せの絶頂にいた夫妻は突如絶望の淵に追い立てられる。
最愛の我が子に、原因不明の病が見つかり近隣の医者や薬師、果ては祈祷師すらお手上げで、ただただ土気色に変色してゆく我が子の肌を見ているしかできなかったのだから。
唯一医師に告げられたのは、栄養をとり病に対抗することのみだった。
「栄養を摂れなんてこたぁ言われなくたってわかってる! わかってはいるんだが、今年は……」
口どころかまぶたすら開ける力もない我が息子を産着の上からそっと抱き上げた若き父は、窓の外を見上げる。
忌々しい白い悪魔どもが無情に音もなく降っては積もる。
この街きっての大工の棟梁といえど、例年にない寒波と降雪には否が応でも全ての仕事を奪われる。家を建てられない大工など砂漠に迷い込んだカエル、水に落ちた蟻のようなものだ。
男🟰ガジェスタは己の職業を生まれて初めて呪った。俺が大工じゃなかったらこの子を助けられるのに。仕事があればどんなキツくて危険な仕事でもやってやるのに! と。
金がなければ我が子を救う可能性すらない。それなら背に腹は代えられない。
父は決意した。なんとしてでも金を作ってここに戻る、と。
家屋の外は凄まじい吹雪になり、男の決意を挫こうとばかりに唸るが、父となった男の決意を吹き飛ばすことはできなかった。