「どういうつもりだ?」
誠心誠意の謝罪をしたつもりのシンだったが、それに対しての返答は問答無用の集中攻撃だった。いくらなんでもそれは酷いのではないか?シンはそう感じ、爆発で巻き上がる
――あの程度じゃあ怪我はしない。でも、怪我しなきゃ何しても良いわけじゃないよな?
――悪口とかもそうだ。怪我はしなくても心は傷つく。それだって立派な暴力だろう?
――じゃぁ、真摯に謝ってるのに突然攻撃されて俺の心は傷ついたんだから、これだって暴力を受けたって言ってもいい部類に入ると思うけどな。
道徳的な例えを出すまでもなく、物理的な攻撃なので立派な暴力である。
本来なら心ごと肉体が爆散するレベルの立派な暴力である。
だが、魔弓兵の攻撃はシンの肉体はおろか、そのスーツに付与されている障壁すら突破することは叶わなかった。
シンは不機嫌な気持ちを隠すことなく顔に浮かべ、ゆっくりとランバートと、この場の責任者であるロバリーハート王の方へと歩き出した。
今度は誰に止められることなく歩いていく。
もちろん矢も飛んでこない。行く手を阻もうと進み出てくる兵もいない。
そんなことは無駄だと、先ほどの攻撃で誰もが察していた。
魔王を
一度は命を賭けてまで戦う覚悟を決めていた兵士たちだったが、魔王の力の一端に触れてしまったことで、己の犬死しか見えない絶望的な未来に戦意は完全に喪失していた。
「ま、まて!」
声の主はロバリーハート王。
シンとの距離が十メートルを切ったかといったあたりで、王は自身の盾となっていたランバートの脇から前へ出てくる。
「危険です!お下がりください!!」
慌てて王の行動を止めるランバート。しかし王はそれを目で鋭く制し、悠然とした態度でシンの正面に立つ。
恐怖は感じていた。
それはこの場の誰よりも強い恐怖を。
自らの判断で多くの忠臣たちを失うかもしれないという恐怖。
この国の国民の命を危険に晒す事になるのではないかという恐怖。
果ては、この世界の人々たちをも絶望させるのではないかという恐怖。
そして後悔。
だからこそ王は自身を奮い立たせた。
これからの自分の判断一つで多くの人命が失われるかもしれないのだ。何に怯える?何を恐れる?
そんなものは忘れてしまえ。
今ここに立っているのはロバリーハート国が国王、ダミスター=ロバリーハート。
己が後世の汚名を被るのを覚悟し、全てが愚行であることを承知で立ち上がった獅子が心を持つ男。
彼には自分を捨ててでも守らねばならない使命があった。
「我はこのロバリーハート国の国王、ダミスター=ロバリーハートだ」
「それはさっき聞いた」
シンはぶっきらぼうに返す。
「異世界の魔王シンよ、貴殿の目的は何だ?この世界か?もしくは元の世界への帰還か?もし我々と対話する気があるのなら、同じ王として会談の機会を得ることは出来ぬだろうか?内容次第では我々として出来る限りの協力をすることを約束しよう」
心の奥に恐怖を無理やり押し込め、可能な限り『同格の王』としての立場を保つこと。ダミスターが望むは円卓の席。個々の力では到底叶わぬ強者相手であるがゆえに引くことの出来ない瀬戸際の駆け引き。
魔弓兵の攻撃は通じず、王を警護する親衛隊のほとんどは戦意喪失状態。
この魔王を僅かにでも斃し得ることの出来る可能性は一つだけ思い浮かぶが、すでにそのような舞台を整えることは不可能だろう。ダミスターはちらりとランバートを見ながらそう考える。
武力での対抗という選択肢が潰された今、残されたのは己が対話をもって懐柔の糸口を探すしかない。
それしか、今この場を皆が生き延びる術はなかった。
幸いにも言葉は通じるようではあるし、先ほどから会話には反応している。
相手に生殺与奪を握られている状況で交渉を持ち掛けるなど都合の良い話ではあるが、他に取れる手段が無い以上、この一縷の望みにすがるしかなかった。
「目的?自分たちで勝手に喚んでおいて――何が目的だ?武器を向け、一方的に攻撃した上で話す気があるかだと?ふざけてるのか?」
シンの眉間に強い不機嫌を示す皺が入る。
向こうの世界での生活が長かった為、敬語以外はどうにも慇懃な口調になってしまう。
敬語を使う魔族などただの一人として出会った事がなかった。
「そ、それについては心から謝罪する。こちらの都合で異世界より喚び出してしまったこと、その貴殿に対して危害を加えようとしたこと、全ての過失はこちらにある。本当に申し訳ない。だが、我らにはどうしても力ある者の協力が必要だったのだ……どうか話を聞いてもらえないだろうか?」
シンにはこの世界をどうこうする気は無い。
当然、彼らに危害を加えるつもりなど毛頭ない。
むしろ、人間に久しぶりに会えたことで、喚び出されたことに多少の喜びを感じていたほどだ。
が、あまりの理不尽な対応に腹が立った結果、王様に凄み寄るというなかなかに無礼極まりない状況を生み出していた。
しかし、ロバリーハート王が簡単に謝罪したことで毒気を一気に抜かれ冷静さを取り戻す。
――こちらも言い過ぎました。ごめんなさい。
謝罪の言葉が浮かんだシンだったが、周囲の兵士たちの絶望的なまでの怯えように気付くと、急にそんな軽いノリで返せる状況ではなくなっているのだと言葉を飲み込んだ。
後悔と同時に自分のあまりの大人げない態度に恥ずかしさがこみ上げる。
426歳。
この場の誰よりも大人であるはずなのに。
「――喚び出された目的を聞かせてもらおう。この後どうするかは、その内容とそちらの態度次第で決めさせてもらう」
――話を聞きながら、徐々に打ち解けて和解に持ち込もう。
――王様と仲良くなったら、さっきの大人げない行動とか忘れてくれるよね?
――そしたら、後から思い出して恥ずかしさで死にたくなるような気持ちにならないよね?
王と魔王の、人類の存亡と己の羞恥心を賭けた世紀の会談が始まった。