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第4話 問答無用

 誰からの返事も無いので、ゆっくり、恐る恐る頭を上げる。

 騎士たちは涙を流しながら、先ほどよりも一段と険しい表情を浮かべてシンを睨みつけている。


「あ、やっぱり大切な物でしたか。本当に申し訳ありません。私も突然こちらに喚ばれて状況が分かりませんし、そもそも同じ人間に会うのも400年ぶりのことでどう対応して良いのか迷っている次第でして……」


 ――矮小わいしょうなる人間風情が我を喚び出すなど身の程知らずにも程がある。400年ぶりの供物くもつたる貴様らをいかようにしてくびり殺してこの怒りを晴らしてくれようか。(兵士訳)


「ひぃぃ……」


 どこからかそんな声が聞こえてくる。

 歴戦の騎士であったとしても、その経験を超えるほどの未知の恐怖に耐え続けるには限界があった。


「……改めて問う。400年も生きているとうそぶく貴様が我らと同じ人間だと、どの口でほざくのか!!」


 騎士の口調は今すぐにでもシンに斬り掛かってきそうな勢いだ。


「あ、それは向こうの世界に転生した時に何故か老いない体質になってしまって……いつまで経っても寿命的なものは訪れないし……で、そこで生き残る為に魔物と戦いまくってたらいつの間にか王に祀り上げられるわ、魔王とか呼ばれるわで、私もいろいろあって大変だったんですよ……」


 ――不老不死の異世界の殺戮魔王。


 ここに至り、兵士たちは自分たちが喚び出したモノの正体を理解した。


 身体の軸がぐにゃりと歪むような感覚。

 地に足が着いている感覚も曖昧。

 恐怖に吹き出した汗と自然と湧き出す涙で視界が霞む。


 しかし、今ここで自分たちが何とかしなければ国が亡ぶ。

 いや、この世界すらも恐慌に陥れるだろうほどの脅威。


 そして、本能が告げる。

 ロバリーハート国の精鋭が取り囲む今こそが恐るべし魔王から人類を護ることの出来る唯一ともいえる好機なのだと。

 愛するこの国を、脳裏に浮かぶ大切な家族を護らんと命を賭ける覚悟を決めていった。


 兵士たちがそんな決死の覚悟を決めているなどと、当の魔王たるシンは露ほども思ってはいなかった。


「……異世界の魔王よ、貴様の目的は人類を滅ぼしこの世界を魔物の世界とすることか?それとも人を奴隷のごとく扱い世界を支配することか?答えよ!!魔王よ!!」


 騎士の怒りを通り越した殺気を含んだ怒声。

 そのあまりの豪胆な覇気に兵士たちは恐怖心を忘れ、それまでの身体の震えが止まる。

 そして自らの役目を自覚し、各々の持つ得物に力を込めて臨戦態勢に入った。


「いやいやいやいや!!勝手に魔王って呼ばれてただけでそんなことしませんよ!!」


 予想だにしていなかった問いかけにシンは慌てて否定する。


「ちゃんと人の話を聞いてくださいって――」


 どうにも嚙み合わない会話に埒が明かないと感じたシンは、不用意にも正面の騎士へと向かって歩き出した。



 ――臨戦態勢に入っている兵士たちの前で。


 ――動くなと釘を刺されていたことも忘れて。



「撃てえぇ!!!!」


 騎士の号令と共に城壁の上にいた弓兵たちの魔力が一瞬で膨れ上がる。


 すでにシンに照準を合わせて最大まで引かれていた弦は、つがえられていた矢にその蓄えられた全ての力を伝え、必中をもって獲物を貫かんとする凶悪なまでの暴力となって放たれた。


 魔力を纏って放たれた矢は射手の手を離れた瞬間に十本に分裂し、四方を囲む百人からなる弓兵――魔弓兵まきゅうへい――の一射は、音速を超えた千の光の矢となってシンに襲い掛かった。


 着弾の刹那、眩く激しい光が周囲に拡がり、音速を超えた衝撃波が轟音と共に噴煙を巻き上げる。

 その光はシンの着ているスーツの付与効果である魔法障壁に矢のまとう魔力が当たった瞬間に発せられたものだった。


 いかなる強力な魔法障壁すらも削り取り貫通する、理不尽なまでの数と力の暴力。

 直撃すれば古より伝えられるドラゴンでさえも致命傷を与えられると世に謳われている魔弓兵団の誇る最強の一撃。


 不老不死の魔王とて逃げ場のない全方位からの攻撃を不意に受けて無事でいられるはずはない。

 老いで死なないだけで、肉体が完全に破壊されれば生きていられる道理がない。

 少なくとも彼らの認識している生物とはそういうものであった。


 しかし、兵士たちは誰も気を抜かない。

 魔弓兵は再び矢をつがい、魔導士は杖に魔力を込め続け、騎士は不穏は動きがあればすぐに対応出来るように構えをとる。


 ――魔王をこの場で確実に斃すこと。


 その絶対的な死を確認するまでは、その場の誰一人として警戒を解くつもりはなかった。




「ランバート将軍……魔力反応が……あります……。おそらく魔王は生きています……」


 先ほどのローブを着た女が騎士に震える声で告げる。


 魔力感知で砂煙の中を探ると矢の残滓とは違う種類の魔力を感じる。つまり魔王はまだ生きているというのだ。

 しかしあまりに魔弓兵の放った魔力が大きすぎ、目的の魔王の状態を確認するまでには至らなかった。


 ごくりと生唾を飲み込むランバート。


 ――あれで死なぬか……だが、無傷ということはあるまい。


 腕の一本でも奪えていれば、今なら十分に勝機があるだろう。

 逆に万が一にも取り逃がしてしまったとしたら、回復した魔王による想像を絶する被害が出ることは容易に考えられる。

 ランバートはそう考え、魔王が姿を見せた瞬間に止めを刺すべく必殺の一撃を繰り出す為の魔力を練る。


 砂煙が徐々に晴れだす。


 兵士たちの武器を持つ手に汗が滲む。

 決して逃さないように、その意識を最大限に砂塵の中にいるであろう魔王に向ける。


 いち早くランバートがその中にシンの気配を確認し、その位置に向けて必殺の一撃を繰り出さんと踏み込んだ瞬間――彼は信じられないものを見て動きを止めた。


 そして、他の兵たちもそれを見て愕然となる。


 薄れゆく砂煙の合間から見え隠れする人影。


 ランバートは紺色の衣服を纏った男と目が合った。


 全ての視界がクリアになった時、兵士たちの目に映ったのは信じられないような光景。


 千の矢の爆心地の中心でドーム状に展開された幾重にも構築された堅固な魔力障壁。


 そして――



 ――その中で無傷の状態で悠然と立つ不老不死の殺戮魔王の姿だった。




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