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第3話 隷属の首輪

 《空間収納》に納められていた衣服を直接身体に装着する。

 紺のスーツの上下に黒の靴下とダークブラウンの革靴。白のワイシャツにワインレッドに黄色のラインの入ったネクタイを締める。

 明らかに場違いな恰好なのは十分に理解しているが、人間と接するのが久しぶりすぎるということと、この世界での正装が分からない以上、彼の遠い記憶の中での正装をもって初対面の人に少しでも失礼のないようにとの選択。

 そして――全裸よりはどう考えてもマシだろうという妥協。


 ――持ち物はそのままありそうだ。ここがどんなところか分からないけれど、これなら何とかなるかな?


 服を出しながら空間収納に納められていた持ち物を確認する。

 400年に及ぶ魔族の世界でシンが集めた、またはシン自身が制作した少々世に出してはマズイレベルのアイテムが蓄えられていた。


「えっと……」


 とりあえず一番偉そうな人に挨拶をして話を聞かなければと、正面の騎士の後ろにいる四十ほどに見える男性の方へと一歩を踏み出す。

 その男の服装はシンの中にある王様のイメージに最も近いと思われたからだ。


「止まれ!!動くな!!」


 王の盾となっていた一際大きな体躯の騎士が叫ぶ。


 それを合図に――兵士たちはその手に剣を、杖を、弓矢を構えて臨戦態勢をとる。


 たった今、《隷属の首輪》が破壊されたのを目の当たりにした兵士たち。

 それは、この尋常ならざる存在が自らの意思で力を揮う自由を得たということだ。

 兵士たちは警戒レベルを最大限に上げ、僅かな動きも見逃さないように、彼に意識を集中した。


 場の緊張感が一気に高まる。

 が、遥かに高レベルの魔族たちの世界に長年いたシンには、その差があまりにも僅かすぎて気付けない。


「お前は何者だ!!」


 騎士は背にしていた大剣を抜き、その正面に構えながら彼に問う。

 殺気とも感じられるほどの覇気の乗ったその声に、緊張感で張り詰めていた大気が震える。

 それは周囲にいる兵士たちとは数段レベルの違う者の放つ覇気。

 そこに至り、ようやくシンは自分の存在が警戒されているのだということに気付いた。


 ――自分たちで喚んでおいて、何者だって言われてもなぁ。


 ――でも、まずは警戒心を解いてもらわないと、詳しい話は聞けそうにないな。


「自己紹介をさせてもらっても良いですか?」


 先ほどの物騒な話を聞いた後だが、どうやら向こうの計画は破綻してきている様子。今後どのような展開になるかは分からないが、可能ならば穏便に進めたい。

自分には敵意が無いのだと伝える為に出来る限りの笑顔を作る。


 しかし、兵士たちは予想だにしていなかった丁寧な口調に逆に恐怖を覚え、その笑顔は戦場において殺人狂ともいえる逸脱者が無慈悲に命を刈る時に見せるソレに見えていた。


 騎士は大剣を向けたまま首をゆっくりと縦に振る。


「私の名前はキナミ・シンと申します。キナミが姓、こちらでは家名ですか?シンが名です。かなり警戒されているようですが、私は皆さんと同じ人間ですよ」


 笑顔は崩さない。


 この状況で落ち着いた笑みを浮かべるシンの様子に、騎士たちのそれまで限界と思われた警戒レベルがゲージを限界突破したことにシンは気付かない。


「同じ……人間だと?決して外せぬと伝えられる《隷属の首輪》を外し、更にはあのような異常な気配を放つ者が我らと同じ人間だと言うのか!!」


 騎士の大剣を握る両手に力が入る。


 《隷属の首輪》の支配力はシンに対して無力ではあったが、その術式は確かにシンの魂と繋がっていた。

 普段は自らの力を完全に制御しているシンだが、異物でありながらもシンの一部となっていた首輪は無意識化では制御されることなく、シンの本来持つ強者の気配を垂れ流していたのだが……。


 シンはそのことに気づいていなかった。

 自分の体臭は自分では分からない理論。


「あなたの言われている気配が何なのかは解りませんが、この首輪に関しては構成していた術式が初めて見るものだったので、探求心から解読しながらいじっていたら解除出来まして……まさか外した首輪が消えてしまうとは思っておらず……大切な物だったのでしたら壊してしまいすいませんでしたと謝るしかありません」


 シンは腰を折り曲げ、深々と頭を下げる。


 そんな殊勝な態度をとったシンだったが、兵士たちはその行動に驚く余裕はなかった。


 目の前のこの男は――


 400年という永き時をかけて蓄積された魔力を使って行われた伝説級の魔術を――あの程度のものを破ることなど魔導を極めた自分にとっては取るに足らないことだ。


 呼吸すらままならず、潰されそうになる身体を懸命に奮い立たせ耐えた気配を――特に何もしていない。虫けらにも等しく弱いお前たちが勝手に怯えていただけだろう。


 そのような意図のことを恐ろしくも平然と笑顔で言ってのけたのだ。



 勝手な解釈でゲージを振り切っていた警戒心は、それを更に上回る恐怖に飲み込まれる。魂が怯え、自然とその身を震わせながら涙が勝手に流れだす兵士たち。

 そんな怯える兵士たちに武器を向けられながら囲まれていても落ち着いた様子で静かに頭を下げている男。



 一種異様な光景がそこにあった。



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