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第7話 重すぎる代償

 争いの理由が分かれば、その問題を解消することで停戦に持ち込むことが出来るかもしれない。

 シンならばこの国の水不足は解決することが出来る。ダミスターたちはその事を知る由もないが、魔王とまで呼ばれる魔力を有するシンにとって天候を操作する事はそれほど難しいことではなかった。しかし、それはこの国を救う事であって、戦争を終わらせる根本的な解決にはなり得ない。

 水不足が解消したんで戦争止めて国に戻りますね。なんてことで相手が納得するはずが無いことくらいは政治に疎いシンにも理解出来た。

 何より、この世界に来てすぐに大勢の人間が死んでいくとか聞かされて――「じゃあ、自分は関係ないんで他の国に行きますね」なんて言えるわけがない。


 だから、まずは戦争を終わらせる方法を考えなければいけない。


 なので、シンが理由を聞いたのはその解決策を模索する為であって、ロバリーハートの挙兵に対しての善悪を問うつもりは微塵もなかった。


「……これは我が国の一方的な侵略戦争だ。国民を飢えさせぬ為とはいえ、全く無関係のファーディナントへの出兵を決めた……。結果として両国の多くの将兵が命を落とすこととなった。その責任は全て国王である私にある」


 ダミスターは逡巡した末に正直に話すことにした。


 ロバリーハートの事情も、ファーディナントへの同情も気にしないような冷酷な相手なら、今後この魔王が世界にとって恐るべし脅威となるのは間違いない。逆に哀れみや怒り、または何らかの憤りを感じるようであれば、それは彼に善悪に対して人間と同じような感情があるということだろう。


 もしそうなら、その怒りを自分に向けることで他の者は助かるのではないか?

 罪なき国民や、この件の被害者であるファーディナント、果てはこの世界全体へとその矛先が向けられることは無いのではないか?


 最悪この場にいる兵士たちを巻き込んでしまうかもしれないとの思いが過ったが、その命と世界と天秤にかけた時、今考え得る最善の選択をしたつもりだった。


「魔王シンよ。もし貴殿がそれを許せぬと思うならば、この命好きにするがいい。戦争の責任も、貴殿にかけた迷惑も、この命一つで許しては貰えないだろうか。そして叶うならば、この場にいる他の者は助けてはくれまいか」


「何をおっしゃいますか!!」


 ランバートが驚きの声を上げる。

 王を護るべき立場の自分たちを、あろうことか王が命を賭けて護ろうとしているのだ。

 それは王の側近として、そして王を守護すべき親衛隊をまとめる立場のランバートとしては受け入れがたい言葉だった。


「構わぬ。我らは――我は大きな間違いを犯してしまったのだ。この国を護るためと大義名分を上げて兵たちを戦場へと送り、罪もないファーディナントの民の命を数多く奪った。いや、国を護るためというのも言い訳にすぎんな……。結局は我が無能な王だったことで開戦派を押さえることが出来なかったことを誤魔化し、それを正当化する為のただの言い訳だ……」


「そんなことは……そんなことはございません……。王は……立派にその務めを……」


 胸の内に様々な感情が一気に込み上げて言葉を詰まらすランバート。

 他の兵たちもランバートと同じ思いを抱いており、皆が顔を伏せて肩を震わせている。


「もし、僅かでも……この愚かな王のせいで苦境に陥ったこの国を哀れに思うのならば、少しでも慈悲を与えてもらえないだろうか……」


 魔王に対して深々と頭を下げる王に誰も言葉を発することが出来なかった。

 その場の誰もがその真意を理解して、自分たちの無力さに叫びだしそうになる気持ちを抑えるのに必死だった。


「王よ……。その時は我もご一緒いたします」


 ランバートは片膝をつき、王へとその忠誠を示す。


「我が命は元より王へと捧げております。王がおられますところが我の居場所。それが例え冥府の果てであろうと、この命尽きた先、未来永劫に変わるものではございません!」


 この忠臣は愚かな自分の道づれにして良いような存在ではない。

 ダミスターは目の前で頭を垂れるランバートのことを改めて誇りに思った。

 武神と呼ばれるほどの武人たる彼は、若き頃より常に揺るがぬ忠義をもって王の隣にあった。

 その身を剣に、時には盾として王を護るその姿は、誰の目にも国の守護者として映っていた。


 そんなランバートと、彼の率いる親衛隊の存在が無ければ、当の昔にこの国はユーノス公爵の支配するものとなっており、王の首も挿げ替えられていただろう――物理的に。


「苦労をかけるな……」


 ならばこそ、その忠義に報いることが主としての最期の務めだろうとダミスターは思う。

 そして決意を固めたダミスターは、表情を崩し、柔らかい笑みを忠義の騎士へと向けた。


 主従の今生の別れともいえるやり取りに、どこからともなくすすり泣く声が聞こえてくる。


 その間、シンはただ静かにその様子を見ていた。


 ――ベットしたのは二人の命。


 ――対価はこの世界の平和。


 ――おおよそ釣り合わぬ賭け。


 だが、僅かでも――ほんの僅かでも。

 同じ人間だと言ったことが真実であれば――賭ける価値はある。


「どうか聞き入れてもらえないだろうか?」


 果たして――乗ってくるか。

 息をするのも忘れて返事を待つ一同。


 そんな緊張感がピークを迎えた頃――



「一つ、賭けをしよう」



 シンの新たな賭けの提案に、ダミスターが決死の覚悟で賭けたベットは全て差し戻された。




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