――雨は何とかするんで、戦争を止める方法を考えませんか?
喉まで出かかっていた言葉をぐっと飲みこむ。
今の流れで突然そんな提案をした場合、さっきまでの怒りは何だったんだ?ということになる。
自分はまだ怒っているぞ。
さっきみたいな失礼な態度を王様にとってしまうのも仕方ないくらい怒っているぞ。
シンは久しぶりに思い出した自尊心の為にも、今はこのスタンスを崩すわけにはいかなかった。
「俺とそちらの代表者とで決闘をして、お前たちが勝てば戦争でも何でも力を貸してやる。だが、負けた時は速やかに兵を引き上げろ」
シンが向こうの世界で何百回とやってきた決闘方法。
敗者は勝者に従う。
被害も少なく、誰が見てもはっきりと勝者の分かる単純明快な解決策。
改めて周りを見渡してみてもシンの脅威になり得るような気配は無い。
これなら体よく戦争を止められるのではないか?
決闘に勝って戦争を終わらせる。
その後に水不足を解消して恩を売る。
ロバリーハートはファーディナントとの戦争を終わらせられるし、国民たちの飢餓も解消される。シンはこの世界での生活の基盤が作れて今後のこの世界での方針を考える時間も作れる。
まさにウィン!ウィン!ウィン!
しかし戦争を仕掛けられたファーディナントからしたら、「良かったですね。はい分かりました」とはならないだろう。それこそダミスターが言うように撤退するロバリーハート軍の後方を突いて攻め込んでくるかもしれない。なのでそこは話し合いで解決出来る舞台が整うまでは結界なり何なりを張って時間稼ぎをすれば良いだろうと考えていた。
実際には両軍合わせてこれまでに万を超える戦死者が出ている。
シンが考えているよりも攻め込まれているファーディナントの恨みは遥かに深いのだ。なのでそう簡単に話し合いで解決するような状況では全くなかった。
それでもシンが自分に都合の良い、楽観的な事を考えてしまったのは、彼の頭の中には両国がどれほど泥沼の戦争を行っているのかの知識が圧倒的に不足していたからである。
――武力解決を持ち掛けることで俺の怒りをアピールして、その上で戦争を終わらせる事が出来る画期的な作戦!!
自らの体裁を整える為だけに脳みそフル回転で考え出した脳筋作戦。
単純な思考をもった魔族との生活が長すぎたことで、シンの思考もそれにかなり毒されていることに気付いていなかった。
そして、途中からその作戦を考える事に意識を集中するあまり、目の前で厚く行われていた王と騎士の感動の物語は一切耳に入ってきていなかったのである。
その提案はロバリーハートの者たちには死刑宣告に聞こえた。
シンが言い放ったのは、対話による平和的解決への完全な拒絶。
今さら兵を引いたところで、待っているのは飢餓とファーディナント軍によって滅ぶ未来。
かといって、この提案を断る事は不可能であり、この恐るべし力を持った魔王に一対一で勝つなどと想像もつかない。
召喚術が失敗に終わった今現在で残された手段は、国内の全兵力を前線に導入し、玉砕覚悟でファーディナント領へ攻め込むことだけだったのだが、賭けの条件としてそれすらも封じられた。
魔王は大人しくダミスターの話を聞くフリをして、最もこちらが苦しむであろうことを選択してきたのだ。
まさに、魔王の名にふさわしい悪魔の如き所業。
圧倒的な魔力だけではく、残酷に切れる知能を持っている。
この魔王の恐ろしさを改めて思い知った一同であった。
――簡単には乗ってこないか。
――向こうにもいろいろ都合があるだろうし、一国の王が分の悪そうな賭けにほいほいと乗ってくる方がおかしいよな。
なので――考えていた譲歩案を出す。
「そちらの勝利条件は、俺に一撃で良いから攻撃を入れるだけでいい。」
――これならどうだ?
ロバリーハート王は苦しそうな表情でシンへ視線を向けるだけだった。
「ならば、俺は一歩も動かない。攻撃もそちらからで構わないし、それを避けることもしない。これでどうだ?」
――神様お願いします!これで乗ってきてください!雨も何とかします!ドラゴンとか出てきてもやっつけてあげますから!!
前代未聞の魔王の神頼みである。
――この魔王はどこまで恐ろしいのだろうか……。
――我らの退路を断った上で、圧倒的な力を見せつけて悪魔の契約を結ばせ、絶望の底でもがき苦しむ我らの様を見て楽しむというのか……。
――会談に応じるフリをしたのも、我らに希望を与えてから突き落とすことで更なる苦しみを与えようとしたのか……。
自分を犠牲にすることで少しでも交渉出来るかと愚かにも考えたことを悔いる。
魔王と呼ばれるにはそれに足りえる理由があるのだ。
その理由をここに
しかし、この最悪ともいえる状況になることで、逆に僅かな希望の芽が生まれた。
それは、先ほど考えた魔王を
動かない、
魔弓兵の攻撃を受けて無傷なのだから、その自信の根拠も頷ける。
――だが、それは……ただの驕りともとれないだろうか。
こちらの戦力を完全に把握していないであろう状況での判断。
絶対的強者であるという自信が生んだ――僅かな隙。
「――ランバートよ、頼めるか?」
この隙を逃すわけにはいかない。
ダミスターは最も信頼の置ける部下へと声をかけた。
「陛下の御心のままに」
ロバリーハート国将軍ランバート。
王の命、民の命、そして――己が忠義の全てを賭けて再び魔王と対峙する。