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第9話 将軍ランバート

 強い日差しが差し、乾いた風が吹き抜ける。

 静寂と緊張に包まれた広場の中央に向かい合う騎士と魔王。

 両者の距離は十メートルほど。

 兵士たちは息をするのも忘れ、無意識に固唾を飲んで見守る。


 全身白銀の鎧に身を包み、己の身の丈ほどもある大剣を正面中段に構える騎士。

 全身紺色のスーツに身を包み、やる気の欠片も感じられない棒立ちの姿勢で迎え撃つ魔王。


 騎士の双肩にかかるは主君と兵士たちの命。そして延いては世界の命運。


 魔王がかけるのは己のちっぽけなプライド。


 外見も戦う目的もまるで違う二人。

 争いとは互いのほんの少しの認識の違いで起こるものなのだという縮図がここにあった。



「魔王殿。本当にこちらから仕掛けて構わぬのだな?」


 ランバートは鋭い視線をシンへと向ける。


 ――この一撃に我が命を賭ける!


 すでにその心には僅か一片の恐怖心もない。


「ああ、俺はこの場から動かないし、攻撃を避けることもしない。もちろん先に手を出すこともな」


 ――きっちりと約束通りの条件で勝って戦争を止める。


 ――その後で「紙一重の戦いでした。今回は引き分けということにして、これまでのことはお互い水に流しましょう」とか言って和解する。


 未だにシンの心には甘すぎる打算しかなかった。



 神にすがるような想いで戦いを見守る王と兵士たち。

 決着は一瞬。

 瞬きすら許されないほどの刹那で終わるだろうと皆が感じていた。


 ランバートの攻撃が魔王に届かなければ、それは世界の破滅を意味する。

 彼らは本気でそう思い、ひたすらにランバートの勝利を願った。



「では、われが勝負に勝った時の条件も守ってくれるものと信じてよいのだな?」


「決して約束を違えぬと誓おう」


 正直なところ、ここに至ってもランバートは魔王との口約束がどれほどの意味を持っているのか判断出来ずにはいた。自らを魔王と名乗り、自分たちを遥かに凌駕する力を持つ存在。そんな出鱈目な存在がこのような賭けを申し出てくる事の意味が解らない。

 ただの気まぐれか?それとも圧倒的な力を見せつけて更なる絶望を与えようとする戯れか?どちらでも構わない。どちらにしても相手は言葉通り自分の攻撃を受け止めようとするだろう。そして人の力など自分には通用しない事を見せつけるつもりなのだ。


 ならばこの好機を逃す手はない。

 魔王がこちらを舐めているのであれば、その予想を上回れば良いだけの話。


 おそらく王も同じような考えでこの賭けに乗ったのだろう。


 それなら自分のやるべきことは一つ。

 渾身の一撃をもって魔力障壁を打ち破り――


 ――確実に魔王を斃すこと。


 魔王の提示した勝利条件は明らかにこちらを侮ってのもの。

 絶対に障壁を破られぬという自信からのもの。

 ならば――その前提条件を覆せば良い。


 ランバートは魔王の自信を過信に変えるべく内なる闘志を燃やす。



 体内で最大限に魔力を練り上げる。

 そして、その練り上げた莫大な魔力全てを肉体強化へと費やし、その身体からは己の命すら燃やしているのではないかと思うほどの激しい闘気が立ち上がる。

 全身の細胞全てが活性化しているのを確かに感じ、ランバートは即座に行動に移る。

 相手にこちらの力を測らせる時間を与えるような事はしない。

 万が一にも魔王に危機を察せられてはいけない。


「――参る!」


 そう宣言すると、ランバートはシンの返事を待つことなく仕掛ける。


 動き出しに踏み込んだ地面が爆発したかのようににえぐれ、ランバートの身体は撃ち出された白銀の弾丸と化す。


 先ほど見えた障壁はシンを中心に半径二メートル程のドーム状だった。

 その地点へ一気に踏み込み、障壁を破った後に魔王を斬る。

 魔弓兵の攻撃すら無傷で凌いだ障壁ではあるが、ランバートの目には難攻不落とは映っていなかった。

 もちろんあれが全力だなどと侮ってはいない。シンが現れた時に感じた魔力はこんなものじゃなかった。

 明らかに手を抜いている。それでも自分たちには十分だと思っているのだ。

 ランバートはそう確信していた。


 それでも己の全力が届くかどうかは微妙。ならばこの命の全てを賭けるしかない。それでも力及ばねばその身が砕ける覚悟の一か八かの単純な作戦。


 通常の戦闘となればこの魔王相手に力を溜める時間すら稼ぐことは出来ないだろう。

 それゆえに諦めていたランバートの最大の攻撃力を誇る必殺の一撃。

 だが奇跡的にも絶好の舞台が整った今、一切の迷いを捨てたランバートのその全身は猛り狂う単純な暴力の塊と化し、明確な殺意をもってシンへと襲い掛かった。



 一気に膨れ上がるランバートの闘気。

 それはシンにとっては完全に想定外のものだった。

 余裕をもって見積もってすら問題ないと考えていたが、目の前にいる騎士はそれを遥かに上回っていた。

 そこには、スーツに付与された防御壁を突破するに足るだけの力を感じて驚嘆した。


 シンは知らなかった。

 身体強化の魔法を使うことが出来るのは人間だけだということを。

 元から身体能力に恵まれた魔族たちと戦う内に自らが身につけていたものであったというのに。

 初めての人間との戦闘において、シンはあまりにも相手の事を知らな過ぎた。


 ――これは。


 次の瞬間、シンの目の前には鬼の形相で大剣を振り下ろしてくるランバートの姿があった。



 飛び出しと同時に構えていた大剣を上段へと振り上げる。


 僅か数歩で間合いを詰め、障壁が展開されているであろう境界へと己の加速で更に増幅されたエネルギー全てを叩きつけるように踏み込んだ。



 ――バリィィィーーン。



 ランバートが踏み込んだその瞬間――



 ――二人の周囲の大地が激しく爆発し、同時にガラスが砕けるような音と共にシンを護る障壁は跡形もなく砕け散った。




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