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*12* 好奇心には勝てないのです

 なんだか寝苦しくて目を覚ましたら、飼っていた黒猫が、わたしのおなかの上で丸まってスヤスヤ寝ていた。


 新薬開発に追われる日々の中、現実を忘れてほっこりできる、数少ない出来事だったっけ。


 まぁ、ひよっこ薬術師に転生したいま現在のわたしの上に乗っかってるのは、猫ちゃんなんてかわいらしいサイズのものじゃないんですけどね。


「ぐぬぅ……身動きが取れぬ……少年よ、目覚めたまえ……」


 チュンチュンと小鳥が軽やかにさえずる朝に、デスボイスまがいの寝起き声を絞り出す。


「ん……んんぅ……」


 安眠を邪魔された黒猫、じゃなかった黒髪の美少年が身じろいだ。


 それから、わたしの首すじから胸へ、ぽふん、と顔をうずめ直しては、こんなことを。


「やだ……もうちょっとぉ……」

「ぐぇっ」


 もっと息苦しくなった。解放されるどころか、悪化しとるがな!


 今世のわたしが唯一自慢できるもの──地味顔のわりには着痩せしているたわわな柔肌クッションを、心ゆくまで堪能しているそこのきみ、ちょっといいですか。


「あのねぇ……じぶんのベッドで寝なさいって言ってるでしょ、ノアーっ!」


 ──起きたらベッドに美少年がもぐり込んでいる。


 それをやっとの思いで引き剥がすのが、最近の朝のルーティンだ。



  *  *  *



 ノアが朝に弱いのは、夜に活発化する種族的な背景が、大きな理由なのかもしれない。


「わたしが起きるときに、起こしちゃうでしょ? おねぼうさんでもいいから、じぶんのベッドで眠ること。いい?」

「いくない……」


 あれから、なんとか目を覚ましてくれたノアだけど、ごきげんはうるわしくない。


 むすっと唇をとがらせ、あぐらを掻いてベッドを占領している。もちろん、わたしのベッドを、だ。


 ジトリとサファイアの瞳でにらみつけてきて、本人的には猛抗議してるつもりなんだろう。


 でも、頭の後ろとかサイドにぴょこんとはねた寝癖があって、どうあがいたってチャームポイントにしかならない。ほんと、イケメンって罪な生き物。


「もー、服はちゃんと着ないと……寝相はいいのに、なんでかなぁ」


 日中きっちり着込んでるノアも、朝はなぜだか服が盛大に乱れている。


 今朝も案の定。ノア本人の希望でバスローブ型のゆったりとした寝間着にしたはずが、それすらはだけちゃってる。


 かろうじて肘に引っかけて、ほぼ上半身裸の状態。


「仕方ないじゃないか、窮屈なんだもん……」


 ノアが不満げにつぶやいて、色白の背に生やした黒い翼をパタパタと動かす。


 悪魔の象徴であるそれをさらけ出すのは、ノアがわたしを信頼して、心を許してくれてるって証なんだけど。


「よしよし。わたし顔洗ってくるから、その間に着替えて──」


 幼い弟をなだめるような気持ちで、ベッドに居座るノアの頭をなでる。


 そのときに、ふと気づいちゃったんだよなぁ。


 ほほをふくらませて見上げてくるノアの心境を代弁するように、その背後で、ぺしん、ぺしん、とシーツを叩いているしっぽに。


 細くて長いしっぽは、コウモリみたいな翼とおなじ黒で、先端がスペード型。


 それをひと目見たら、物珍しさと好奇心に負けて、魔が差しちゃったというか。


「わぁ、意外とふわふわしてる……」

「あっ……ちょっと、リオ……」


 さわってみたくなっちゃって、細いしっぽに指先でふれてみる。硬くてツルツルしてるのかなと思ったけど、人肌くらいのやわらかさがあった。


 ノアの髪とおなじ黒くて短い体毛に覆われているそこは、ふわふわして気持ちいい手ざわりだった。フェルトみたい。


「ここも、黒いハートを逆さにしたみたいで可愛いね」

「まって、そこはだめだから……やめ……んっ」


 こんどは、スペード型の先っぽを手のひらで掬って、親指の腹でやさしくなでてみる。


「あれ……?」


 さっき見たときは平べったかったのに、なんだか、ふっくらしてきたような? それに……


「なんか、硬いのがある……」

「リオ、おねがいだから、もう……んぁっ」


 スペードの真ん中らへんに、ぷっくりした『なにか』があって、疑問に思う。大きさは、くるみとおなじくらいかな。


「なんだろう、しこりみたいな……え、腫瘍できものとかじゃないよね……!?」

「ちがう、ちがうから、ほんと、だめ……ひゃっ!」

「んっ?」


 夢中になって触診をしていたわたしは、コリ、と『なにか』を押しつぶした瞬間に響きわたった悲鳴で、我に返る。


 いまの……なに?


 女の子みたいなかん高い声をもらしたのは……


「ふぇっ……だめだって、いってるのにぃ……」


 ぐすぐすと鼻をすするノアが、潤んだサファイアの瞳でわたしを見上げている。


先端そこ、さわられたら……あたま、へんになる……はぁっ」


 ノアの息が荒い。上半身がうっすら汗ばんで、ほほは真っ赤だ。


 こうしてとろんと瞳を蕩けさせるノアを、わたしは知ってる。


 ──これは、わたしが恥を忍んで『アレ』のやり方を教えた日と、まったくおなじ表情なのでは?


「リオの、せいだからね……」

「え、ちょっと、ノア」


 状況を急速に理解し、逃げ腰になるわたしだけど、遅かった。


 ぐいっと腕を引っ張られ、ベッドに倒れ込む。そこへうっとりとしたノアが身を寄せてくるもんだから、さぁ大変。


「もっと、ちゃんとさわって……んっ」

「ひぇええ……!」


 ──好奇心に負けると、ろくなことはない。


 そのことを、痛感するわたしなのでした。

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