目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

*21* ブルームの街

 正円形にそびえる城壁をくぐれば、そこが目的の地。


 ヨーロッパのアパートメントを思わせるような複数階建ての集合住宅が、デコボコと段違いにたち並んでいる。


 背の高さこそ違うけど、どの建物もオレンジの三角屋根。


 1階の窓はグリーンカーテンで覆われ、2階以降の上層階には、張り出しバルコニーに鉢植えが並ぶ。


 オレンジとグリーンのコントラストが鮮やかな、美しい街。それがブルームだった。


「市街地は、平和そのものですけど……」


 ゆったりと進む馬上からきょろきょろと街並みを見わたしていると、頭上からおだやかな返答がある。


「夜間外出禁止令が出ていますので、日没後はガラリと様子が変わりますよ」

「そりゃそうか……モンスターは大半が夜行性ですもんね」


 当然、街のひとたちにも仕事や生活があるわけで、日中の行動制限はかけない代わりに、夜間の外出を一切禁止しているのだとか。


 それがブルームの現状だって、エルが教えてくれた。


「行きましょうか。冒険者ギルドはあちらです」


 馬上の旅が終わる。


 だけど、ここからがはじまりなんだ。


『ギルド認定薬術師』として、はじめてのお仕事。


「はい、行きましょう!」


 背すじを伸ばして、エルの言葉にうなずき返した。



  *  *  *



 ブルームの街において、黒いレンガ造りの建物はひときわ異彩を放っていた。


 1階の総合受付で冒険者ライセンスを提示し、『到着報告』を完了させてからが、わたしのミッションのスタートとなる。


「お待ちしておりました。リオさまには早速、旧ブルーム城にお越しいただきます」

「旧ブルーム城、ですか?」


 対応してくれた受付のお姉さんが言うことには、この街を一望できる切り立った崖の上に、その旧ブルーム城なるものがあるらしい。


 そのむかし、このあたり一帯を治めていた領主は、こども好きで有名だった。


 領主自身は子宝に恵まれなかったけど、『未来あるこどもたち』のため、みずからの死後、居城を教育施設として一般向けに開放した──それが、旧ブルーム城なんだって。


「現在、東西南北の城門付近、黒レンガ会、赤レンガ会、そして旧ブルーム城の計7ヶ所に臨時ポータルを設置しています。これにより、負傷者は各ギルドが連携して、旧ブルーム城へ転移魔法テレポートで搬送する取り決めとなっております」

「なるほど」


 日本でも、災害時に学校の体育館とかが避難所になっていた、あんな感じね。


 見たところ、ブルームの街自体はそんなに大きくない。教育施設といっても、こどもの数にも限りがあるはず。


 余りまくったお城の部屋を負傷者に開放して、病院みたいな役割も果たしてるわけね。効率的だわ。


 その上で、問題点を挙げるとすれば。


「ひとつお訊きしたいのですが、わたし以外に、治療師ヒーラーは?」

「近隣の冒険者ギルドに派遣要請をおこなっておりますが……現在こちらには、リオさまのみのご到着となっております」


 まぁ、そうだよね。


 薬術師や回復師といった治療師ヒーラー自体が特殊職業クラスな上、生半可な実力のもち主じゃ、今回みたいなケースには適応できない。


 そして『ギルド認定ライセンス』を持った治療師ヒーラーも、そうそういるわけじゃないしね。


 わたしひとりで、どこまでやれるか。


 わからない。でも、ベストは尽くすつもりだ。


「すぐに旧ブルーム城へ向かいます」


 まずは、現状の把握を。


「臨時ポータルの設置場所は……と、その前に、もうひとり同行しても、いいですか?」

「最大で5名まで同時にテレポート可能です。お連れさまですか?」

「はい。魔術師ですけど、わたしが魔法薬学や治癒魔法について教えている子です。応急処置の心得はありますし、助手として、お力になれると思います」

「かしこまりました。ではのちほど、お連れさまとごいっしょに、地下1階の『魔法実験ホール』までお越しくださいませ」


 臨時ポータルはその『魔法実験ホール』に設置されていて、ギルドスタッフの魔術師が、テレポートの準備をととのえてくれるらしい。


 受付のお姉さんにお礼を言って、わたしは一度、エントランスへもどることにした。



  *  *  *



 らせん階段の近くに、ネイビーのフードをまぶかにかぶったローブのうしろ姿を見つけた。


「おまたせ、ノア!」


 駆け寄りながら名前を呼ぶと、ふり返ったノアが、フードの影でサファイアの瞳を細めて笑う。


「おかえり。どんな感じだった?」

「負傷者は、旧ブルーム城ってところにあつめられてるみたい。これから臨時ポータルを使って、テレポートで向かうことになったの。ノアも来てくれる?」

「もちろん。リオのお手伝い、俺できるよ」

「ありがとう!」


 なかには身動きのとれない負傷者もいるらしいし、男手があると、とても助かるんだ。


 ノアって細身なのに、大量のマンドラゴラを運んでたときみたいに、けっこう力持ちだしね。


「えーっと……エルはまだ、忙しいかなぁ?」


 わたしとノアを冒険者ギルドに送り届けてくれたエルは、その足で赤レンガ会……商団ギルドへ向かうと話していた。


「あとでまたお会いしましょう」と言われたけど、もどってきていないところを見ると、お仕事が立て込んでるのかな?


 たくさん救援物資を運んできてくれてたからねぇ……なにも言わずに現場へ向かうのも申し訳ないし、よし。


「エルにちょっと連絡入れてくるね!」


 たしか受付の近くに、連絡用の水晶が設置されていたエリアがあったはず。


 個人個人がスマートフォンをもってる世界じゃないから、公衆電話みたいで助かる。


「俺も行く」

「え? ちょっと行ってくるだけだよ?」

「俺も連絡用水晶の使い方、知っときたいなって!」


 なんと、ノアは使ったことがなかったのね。


「それじゃ、いっしょに行こうか」

「ありがと。……リオとふたりきりで話ができると思うなよ、ふふ……」

「えっ? わたしがなに?」

「なんでもない!」


 はつらつと声を上げたノアが、ネイビーのローブをはためかせて先に行ってしまったので、わたしも首をかしげながらも、追いかけて肩を並べた。


「連絡用水晶を発動させるには、11桁の魔法番号の入力が必要なの。ギルドとか主要な施設の魔法番号なら番号帳にのってるはずだから、調べればすぐに見つけられると思うよ」

「ふむふむ」

「ちなみに、実はさっきエルから連絡先をもらってるので、調べなくても大丈夫だったりします。えぇと、たしかこのへんに…………あっ」


 ノアに説明しながらローブの内ポケットをさぐったら、手もとをすべらせてしまった。


 わたしの手からこぼれたシルクのハンカチが、ひらりと大理石の床に落ちる。


 ──コツリ。


 ハンカチを拾おうとかがんだわたしの視界の端で、だれかのブーツが立ち止まる。


 かと思ったら、目の前で、ひょいとハンカチが拾い上げられた。


「可愛らしいお嬢さん。これはきみのかい?」


 一瞬、なんのことだかわからなかった。


 でも、『可愛らしいお嬢さん』がどうやらわたしを指しているらしいことに遅れて気づき、かぁっとほほが火照る。



 ハンカチを拾ってくれたのは、全身黒ずくめのひとだった。


 からだつきは華奢ながら、わたしが見上げるほど背が高い。


 フードで顔が隠れているけど、聞こえたのは若い男性のハスキーボイスだ。


 真っ黒な外套の左腰あたりにふくらみがあって、よくよく見れば、剣を提げている。剣士の冒険者かな。


「すみません、ありがとうございます!」


 気恥ずかしさからせわしなくペコペコと頭を下げながら、お礼を言う。


 だけど、差し出した手に、一向にハンカチがもどってこない。


「へぇ……これはこれは」


 つまんだハンカチをまじまじとながめていた男性が、わたしに向き直る。


 フードの影に隠れていない口もとに、ニヤリといたずらっぽい笑みを浮かべて。


「返してほしいかい、お嬢さん?」


 ……面倒なことになりそうな気配を察知。


「それは、もちろん……?」


 強ばった様子でうかがえば、「ふはっ!」と可笑しげに吹き出された。


「じゃあ、クイズを出そうか。光魔法で連絡先を刻んだ純白のシルクのハンカチを、異性に贈る理由。お嬢さんは知っているかな?」

「聞いたことないですけど……」

「はは、素直でよろしい。じゃあ、質問を変えよう。このハンカチを贈ってきた『彼』について──そうだな、きみが『好きだ』と思う点を、みっつ挙げて。そうしたら、これを返してあげるよ」

「えぇっ!?」


 なに、なんなのこの状況。


 見ず知らずのひとに、エルの好きなところを挙げろって半ば強制されている状況、激しく意味がわからないんですけど。


「あんた、さっきからなんなの、リオに近づかないで!」

「私? 怪しい者じゃないよ」

「見るからに怪しいだろ!」


 わたしを背にかばったノアが、男性に向かって威嚇する。一歩間違えれば、魔法をぶっ放しそうな勢いだ。


「ふむ、答えてくれないならしかたないねぇ……」


 男性がほっそりとしたあごをなでさすった、次の瞬間。


「いっしょに来てもらおうか、お嬢さん?」

「へっ……」


 足音が、なかった。ほんとうに一瞬のことだった。


 まばたきのうちに回り込んできた男性に、腕をつかまれていたんだ。


「ちょっ……あのっ!?」

「大丈夫大丈夫、面白いもの見せてあげるだけだからー」

「なっ……待て! リオを離せっ!」


 ハッと我に返ったノアが、ものすごい形相で追いかけてくる。


 でも男性は一切慌てた様子もなく、からからと笑いながら、わたしを受付横のスペースまで連れてくる。


 連絡用の水晶が置かれた、セパレートタイプのカウンターだ。


「あ、これはもう返しておくね」


 このタイミングで、シルクのハンカチをにぎらされる。


「あの……」

「ちょっと待っててね」


 男性はそう言うと、わたしをうしろから抱き込むかたちで、ペン立ての羽ペンを手にとった。


 そのまま水晶の手前に置かれたダイアリーサイズの番号帳をひらくことなく、さらさらと、空中にペン先をすべらせる。


 ぽうっと浮かび上がった11桁の魔法番号が、発光しながら、くるくると水晶へ吸い込まれていく。


 ──パァアッ。


 まばゆい光のあとに、水晶が、ミルキーホワイトの髪の青年の映像を映し出した。


『はい、エリオルです──』

「や、元気にしてる?」


 右手を挙げた男性が親しげに笑いかけたすぐあと、エルがにっこりと笑みを凍らせる。


『……どうしてあなたが、リオといっしょにいるんです、ヴァン』

「どうしてだと思う?」

『またよからぬことを考えているんでしょう』

「はは、それじゃあ、私が言いたいことはわかるね?」

『そうですね、不本意なことに』


 ふたりは知り合いなの……?


 そのわりには、エルの目が笑ってないけど。


 どこか冷めた態度でエルが男性に接する理由を、その直後、知ることとなる。


「というわけで! きみの愛しのハニーは、私がいただいた!」

「……うん?」

「さぁ、そのおすましイケメンフェイスを焦りに焦らせて、助けにきてごらん! この私が、カワイコちゃんになにをするかわからないよ!」

「えっ、ちょっ」

『覚えておきなさい、ヴァン』

「楽しみにしてる、アデュー!」


 プツン。


 男性のひと声で、水晶の通信は一方的に切られた。


「どういうことですか!?」

「ふっふっふ……エルのやつに一泡吹かせるのに協力してもらうよ、可愛らしいお嬢さん。私のことは気軽にヴァンと呼んでちょーだい!」

「意味がわからないんですけど!? はっ、はなしてくださいー!」

「はーい暴れない暴れなーい!」


 きゃあきゃあと悲鳴を上げるわたしもなんのその。


 男性──ヴァンさんは、わたしをひょいっと抱き上げてしまう。


 まって、これって俗にいう、お姫さまだっこでは!?


「おいっ、リオを離せ──」

「臨時ポータルって地下1階にあるんだっけ? よぅし、行っくぞーう!」

「おいっ!!」


 駆けつけたノアのこともひらりとかわして、ギルド内を疾走するヴァンさん。


「ひぇぇ……!」


 速い速い速い、めっっっちゃ足速い!


 階段も手すりから手すりへ飛び移って、パルクール選手か!


 めまぐるしくひっくり返る天地に、目をぎゅっとつむるしかないわたし。


 ──とん。


 そのうちに、内臓が浮いたような浮遊感がなくなって、重力がもどってくる。


(止まった……?)


 恐る恐る目をあけると、薄暗い部屋に青白く浮かび上がった魔法陣と、あんぐり口をあけたローブすがたの魔術師さんが、目の前に。


「お姫さまのお通りでーす。失礼っ!」


 言うだけ言ったヴァンさんが、わたしを抱えたまま、魔法陣へ飛び込む。


 目がくらむほどの光につつまれて、それからのことは、覚えていない。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?