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*29* ちっちゃい怪獣、襲来

「なんだこれ。……トカゲのしっぽ?」


 警戒はゆるめないまま、じっとノアがのぞき込んだ直後。


「ンンン…………ガゥウッ!」


 ビュオウッ! と突風がふいて、地面に盛った土を一瞬で吹き飛ばした。


「えっ、えっ……なんか出てきたぁ!」


 土にまみれた謎の物体が、ぶるぶるぶるっとからだをふるわせて、土をはらい落とす。


 焼け焦げた草の残骸を引っかけた『それ』は、真っ赤なからだに、トカゲのようなしっぽをもっていて──


「…………ドラゴン?」


 2本足で立ち、1対の翼をもったトカゲのようなモンスターときたら、ふつうに考えればドラゴンだ。


「いやでも、ドラゴンがこんな街中にあらわれるわけがないし……そもそも、わたしよりちっちゃいし」


 ぶつぶつとつぶやいていたら、きょろきょろしていたドラゴンもどきさんがびくりと反応して、わたしをふり返る。


「ガウ!」


 ぱああ、とつぶらな瞳を輝かせ、とてとてとてっと軽快に駆けてくるけど……



 こけっ。



 転んだ。……転んだ!?


「……ウ」


 のそのそと起き上がったドラゴンもどきさんは、またわたしのほうへ向かって駆け出す。だけど。



 とてとて、すってん、ころり。



 足をもつれさせて、こんどはしりもちをついてしまう。


「ウ……ウゥ、ウァアアア!」


 ぷるぷると小刻みにふるえ出したドラゴンもどきさん、ギャン泣きです。


「わぁっどうしたの? 痛いの? 大丈夫っ!?」

「ちょっとリオ!」


 困っているひととか、泣いているちいさい子を見ると、深く考えずに行動してしまうのが、わたしの悪いくせ。


 ノアに動かないようにと言われていたこともそっちのけで、ピーピー泣きじゃくるドラゴンもどきさんのそばへ駆け寄った。


 近づいてみたら、ドラゴンもどきさんになにやら絡まっていることに気づく。


「あ、これバッカ草だ。くっついたらなかなか取れないんだよね。これが絡まっちゃって、うまく歩けなかったのかなぁ? 取ってあげようね。よいしょっ」


 マジックテープのごとく全身にくっついているバッカ草を、べりべりと剥がす。


 焼け焦げてチリチリになっているからか、思ったより簡単に剥がすことができた。


 きれいに草の残骸を取りのぞいて、頭、背中、しっぽに残った土ぼこりも払ってあげる。


「もしかして、バッカ草を取ろうとして、燃やしてたの?」


 そう声をかけると、わたしを見上げたドラゴンもどきさんがぱたりと泣き止んで、まんまるな瞳をかがやかせた。


「ガウッ!」


 エメラルドみたいに、きらきらとした瞳だった。


 あれ? なんだろ、どこかで見覚えがあるような。


 真っ赤なからだに、澄んだ緑色の瞳の、ドラゴン系モンスター…………あ!


「ガウ、ガウッ!」


 とてとて、と二本足で近づいてきたドラゴンもどきさんが、ひざをついたわたしの胸に、ぽふりと飛び込んでくる。


 体長はおよそ40~50センチ。つやのあるエナメル質のうろこに覆われた、あざやかなクリムゾンレッドのからだをしている。


「クゥゥ……」

「はわぁ……!」


 ぎゅうぎゅうとわたしにしがみついて、トカゲみたいな長いしっぽをぶんぶんと左右にふっているすがたといったら、飼い主にじゃれついてはしゃぐ、わんちゃんみたいだった。


「なにこの子……めっっっちゃかぁわいい!」

「こら、簡単に絆されすぎ」


 きゅんきゅんさせられっぱなしなわたしの頭上に、ため息が落ちてくる。


 言わずもがな、呆れたように肩をすくめるノアだ。


「ねぇリオ、そのドラゴンもどきって」

「ブルームに来る途中で会ったワイバーンと、よく似てるよね」


 道理で見覚えがあるはずだよね。


 あのワイバーンと違うことといったら、ドラゴン系のモンスターにしてはころっとした、このキュートなサイズ感くらいだろう。


「あのワイバーンの家族? はぐれたのかな? だったらいまごろ、必死にさがしてるよね、かえしてあげなきゃ!」

「どこにいるかもわからないのに?」

「うっ……!」


 ノアの言いたいことはわかる。


 わたしたちはこの街に、唯一の治療要員としてやってきた。


 いつお呼びがかかるかもわからないのに、どこにいるかもわからないモンスターをさがすために、不用意に街を留守にはできない。


「でも、放っておけないでしょ? ここに置き去りにしたら、なにをされるかわからないよ」

「まぁ、そうだね。主に冒険者たちに」


 モンスター討伐にやってきている以上、冒険者たちはいつにもましてピリピリしている。


 たとえちっちゃなモンスターでも、討伐対象にされるかもしれない。


「こんなに人なつっこいのに……乱暴なことされるのは、いやだよ」

「……うん、リオならそう言うと思ったよ」


 またひとつ息をついたノアが、ひざを折って、わたしたちの目線までかがみ込む。しょうがないなぁって顔で。


「じゃあ俺たちでお世話しよう。みんなには内緒でね」

「いいの?」

「ここでの仕事が終わって、そいつを家族のところに帰すまでだよ」

「ノア……ありがとうっ!」

「リオのためだもん。そういうことだから、おまえも俺たちの言うことをよくきいて、いい子にすること! わかった?」


 きょとんとしたように、エメラルドの瞳がノアを見上げてから、しばらく。


 くぅ~きゅるる。


 ぽてっとしたおなかの虫を鳴らしたドラゴンもどきさんが、うりゅっと瞳を潤ませたから、リオさんは悟りましたよ。


「ウゥ……」

「あー! おなかペコペコなんだねぇ! ひもじいのいやだねぇ! ほらおいで、大丈夫だからね、よしよーし!」

「クゥゥン……」


 からだを丸めたドラゴンもどきさんをだっこして、ローブのすそをひるがえす。そして。


「リオさん、この子をつれてちょっぱやでお部屋にもどるので、ノアくんは食堂でお昼ごはんをもらってきてください。なるはやで」

「なるはや……?」


 ここは回廊。いつだれが通るともしれない場所なんだ。


「可及的速やかによーろーしーくー!」

「あっ、もうリオってば!」


 そういうわけで、おなかを空かせて悲しそうにしているドラゴンもどきさんを一刻もはやく安全な場所へおつれすべく、猛ダッシュするリオさんなのであった。



  *  *  *



 たまたま見つけたちっちゃい怪獣さん。


 冒険者に商団ギルド関係者と、たくさんのひとが共同で生活する旧ブルーム城内において、人目につかないよう、わたしの部屋につれ帰ってきた。


「ところで、ワイバーンのこどもって、なに食べるの?」

「わっかんない!」


 そんなこんなではじまった、行き当たりばったりのお世話タイム。


 ノアが食堂からもらってきてくれたわたしたちのお昼ごはんの中から、おなかをすかせてピーピー泣いていたおこさまが食べてくれそうなものをチョイスする。


「はーい、お口あけて。あーん」


 正直、口に合うかな……なんて心配だったり。


 でも、わたしが声をかけるとぴたりと泣きやんで、くりくりとしたエメラルドの瞳をかがやかせながら見上げてきたドラゴンもどきさんを前に、それは杞憂に終わった。



 パン、食べる。

 サラダ、食べる。

 ベーコン、食べる。

 スープ、飲む。


 結論、好き嫌いせず、なんでも食べる。


「なんだ、ただのよいこか」

「ガウガウ」


 わたしでさえ苦手な食べもの(レバーとか臭みの強いもの)があるのに、すごいな。


 テーブルについたわたしのおひざで、うしろからぎゅっとされている腹ぺこさん。


 お行儀よくちょこんとおすわりして、みじかいおててでかかえた真っ赤なリンゴを、夢中ではぐはぐしている。


 お昼ごはんを食べたあと、泣き疲れたのと、おなかがいっぱいになって安心したのとで、すぐに眠りこけてしまったんだけど、起きたら起きたで、おやつにあげたリンゴを丸かじりしてるし。今日いちばんの食いつきだ。


 もしかしたら、リンゴが大好物なのかも?


「ほんとよく食べるよねぇ。こら、こっちはリオの分なんだから、だめ」

「ンギャッ」


 テーブル上のバスケットに入った残りのリンゴを見つめていたドラゴンもどきさんの眉間を、向かいの席のノアが指先ではじく。


 それから頬杖をついて、呆れ顔だ。


「リオも、このおちびを甘やかしすぎちゃだめだよ? じぶんの食べるものがなくなっちゃう」

「あはは……すみません」


 ランチのとき、手あたりしだいに食べものを与えていたからか、ノアのストップがかかった。


「俺はそんなに食べなくても大丈夫だから、リオが食べて」って、ちびっこ食いしんぼうさんに平らげられてしまったわたしのパンやスープの代わりに、じぶんの分を分けてくれた経緯がある。


 なのでリオさん、ノアくんには頭が上がらないのであります、はい。


「って、あたたた、なんか噛まれてる、それわたしの手です、おーい!」


 ノアとやりとりをしているあいだに、リンゴを芯だけにしたドラゴンもどきさんが、こんどはわたしの右手に顔を寄せて、はぐはぐしていた。


 どうも、私の手に飛び散っていた果汁が気になるようで。


「ガウゥ……」


 そんなマイペースさんも、噛む力がだんだんと弱まっていく。


 どうしたものかとのぞき込んでみると、ドラゴンもどきさんはこくり、こくりと船をこいでいた。おねむらしい。


「食べて寝るだけとか、ぜいたくなもんだね。ま、おとなしくなるならそれに越したことはないか」


 マイペースなちびっこの様子を呆れたようにながめていたノアも、ここにきてにやりと口角をあげる。


「こいつの世話もこのくらいにして、リーオ?」


 俺の言いたいこと、わかるよね? と。


 ただでさえイケメンなご尊顔でにっこりとスマイルを炸裂させられたら、わたしも苦笑するしかない。


 椅子から立ちあがり、すやすやと眠ってしまったちっちゃい怪獣さんをベッドに寝かせたら、やることはひとつだ。


「それじゃあ約束どおり、テストしますか!」


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