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*34* 展開がジェットコースター

 冒険者が手出しできないように、おちびちゃんと『契約』する?


「それって、調教師テイマーになれってことですか?」


 薬術師のなかにも、スライムをテイムして、調薬の廃棄物を処理してるひともいるって聞いたことがある。


 でもそういうのは、やっぱり低級モンスターに限ったお話だ。当然だよね。高ランクモンスターをテイムできるなら、調教師そっちのほうをメインにやってるって。


 それなのに、Dランク冒険者のわたしが、C級モンスターをどうしろって?


「調教師にしろ召喚士にしろ、冒険者と『契約』したモンスターや精霊に第三者が危害をくわえれば、冒険者ギルド規定で罰則が科せられます。家族のもとへ帰すまでの一時的な『契約』でも、効果的だと思いますよ」

「うーん……おちびちゃんは懐いてくれてますけど、わたしと『契約』したいと思ってくれてるかまでは、ちょっと……」


 つまるところ、自信がなかった。


 もにょもにょ……と言葉を濁していたわたしを衝撃が襲ったのは、その直後だ。


「アグッ!」

「っだぁああああ!」


 そう、まさに衝撃だった。物理的な。


 だっこしていたおちびちゃんが、のそのそとからだの向きを変えたと思ったら、右手に噛みついてきたんだ。


「え、怒ったの? なんで? わたし変なこと言った? ねぇなんでっ!? いたっ、あたたたっ!」


 ちっちゃくても、牙や爪がするどいワイバーンだ。


 痛みのあまり、ぶんぶん右手をふるけど、噛みついたおちびちゃんは頑として離そうとしない。


「こらおちび! なにやってるんだ!」


 これにはノアも声を張り上げて、おちびちゃんをわたしから引き離そうとする。


「おや……ちょっと待ってもらえますか? ノアくん」


 そんななか、エルがなにかに気づいたように、待ったをかけた。


「なに!? 指図しないでほしいんだけど!」

「まぁそう言わずに。リオも、手をよく見てみてください」

「へっ、手……?」


 わけもわからず、言われるがまま視線を落としたら、だよ。まさかの光景に絶句した。


 噛みつかれたときに流れ出した血が、なにか不思議な力に操られるかのように、絡み合いながら宙に巻き上がる。


 それはほのかに赤い光をまとって、わたしの右手めがけ一直線に急降下。


 ──ぱぁああっ。


「あつっ……!」


 目のくらむまばゆい光とともに、傷口がカッと焼けるような熱をもった。



『此れなるは、永久とわの誓約なり』



 どこからか、声が聞こえる。


 脳内に直接ひびくような、不思議な声だ。



『以上をもって、血の盟約とする』



 光が消え去り、そうっとまぶたをひらくころ、おちびちゃんはわたしの右手から牙を抜いていた。


 噛み傷が、どこにもない。その代わり、右手の甲には、ハートにドラゴンの翼が生えたような、摩訶不思議な痣が刻まれていた。


「おちびちゃん? これって……あ」

「ガウッ!」


 元気よくお返事をしたおちびちゃんをよくよく見てみれば、そのひたいには、わたしの手にある痣とよく似たハート型の紋様が。


「どうやらその子は、リオのことが大好きみたいですね。『契約』したくて、たまらなかったようですよ?」

「うそやん……」


 そういえば、モンスターとの『契約』には、契約者の血が必要不可欠だって聞いたことがあるような気もするけど……


 もたもたしていたら、ワイバーンと『契約』しちゃってた……? 薬術師なのに!?


「ガウ、ガウ」


 絶句していると、なにやらおちびちゃんが、わたしの腕からもぞもぞ抜け出した。


 それから翼をパタパタと動かして地面に降り立った、次の瞬間だった。


「……グゥゥ」


 低いうなり声をあげたおちびちゃんを、光がつつみ込む。


「えっ……なにっ、何事!?」


 わたしよりちっちゃかったワイバーンのシルエットが、ぐぐ……と大きくなってゆく。


 それからはもう、あっという間で。


 光が消え去ると、わたしが見上げるほど──体長三メートルはくだらないクリムゾンレッドのワイバーンが、目の前にいた。


 おどろくべきことは、それだけじゃなくて。


『ふぅ……これで、やっとおはなしできます』

「んっ? あれ?」


 女の子にしては低くて、男の子にしては高い、中性的な、聞き慣れない声がした。


『あ、こっちです、こっち。ユウヒが話してます』


 わたしたちのほかに、だれもいないよなぁなんてきょろきょろしてたら、視界に、ワイバーンの顔が入り込んでくる。


 ……ちょっと待ってよ。まさかとは思うけど。


「きみが……わたしに、話しかけてるの?」

『はいです』


 エメラルドの瞳を細めたワイバーンが、地面に伏せ、わたしの目の前で、長い首を垂れた。


『あらためて、はじめまして。ユウヒといいます』

「ユウヒ……? あれ、おちびちゃんは……?」

『ユウヒです。おしゃべりできて、うれしいです、あるじさま』


 クゥン……と鳴いたワイバーンが、甘えるように、わたしのほほに鼻先をこすりつけてくる。


「えっ? わたしが、あるじさま? なんで!?」

「なに? リオ、どうしたの?」

「だってこの子がおちびちゃんで、わたしのことあるじさまって……!」

「リオ。こちらのワイバーンさんが、そう言っているのですか?」

「そうなの? 俺には、だれの声も聞こえないけど」

「……うそ」


 ノアだけじゃない。「僕も聞こえません」と言って、エルも首を横にふった。


(この子の声が聞こえない? こんなにはっきり聞こえるのに?)


 信じられない気持ちで言葉をうしなっているとき、はっと気づいた。


 たしかに、目の前のワイバーンは、口を一切動かしていなかった。


 話しかけてくる『声』も、『契約』をするときに聞こえた、脳内に直接ひびくような不思議なものだった。


 わたしたち三人のやりとりを見ていたワイバーンが、なにかを思い出したように、ぴょこん、と頭を持ち上げる。


『そういえば! こっちのすがただと、あるじさまにしか、ユウヒの声きこえないんでした。えーっと、んーと……』


 ワイバーンが、うんうんと長い首をひねっていたと思ったら、またしても、そのからだを光がつつみ込む。こんどは朝の陽射しみたいに、淡い光だった。


「これでだいじょぶかな? あー、あー。ユウヒの声、きこえますかー?」

「…………はぇっ」


 変な声が出た。いやだって仕方ないじゃん。


 まばたきをしたら、なんか目の前に、赤い髪の美少年があらわれていたんだぞ。


 さすがのノアたちも、限界まで目を丸くして、おどろきを隠せないでいた。


「ちいさなワイバーンさんがいなくなったら、すこしおおきなワイバーンさんがあらわれて、お次はこちらの少年……」

「もしかして、おまえ……おちび?」


 状況的にそうとしか考えられないんですけどね。


 あざやかな赤い髪の美少年が、エメラルドの瞳をキラキラさせて、へにゃあっとほほをゆるめた。


「そうですよう! おちびはユウヒなのです!」

「ワイバーンって、人間に化けられるもんなの?」

「ユウヒはワイバーンじゃないです。れっきとした、ドラゴンです!」

「は?」


 むんっ! と胸をはってノアに反論したワイバーン……もといドラゴンのおちびちゃん、じゃなくてユウヒが、ぎゅむっとわたしに抱きついてきた。


「あるじさまがお世話してくれたちっちゃいのも、大怪我を治してくれたおっきいのも、ユウヒです!」

「……ふぁい?」


 なんか、すごく衝撃的なことをサラッと暴露された気がする。


「待って。…………ブルームに来る途中で会ったあの子も、きみなの?」

「はいです! ユウヒはあるじさまにお礼がしたくて、追いかけてきたのです!」

「……マジで?」


 おちびちゃんとあのワイバーン、なんか似てるなぁと思ったら、ご家族じゃなかった。ご本人様だった。


 しかも正しくはワイバーンではなくて、ドラゴンだったらしい。


「あるじさまがユウヒのあるじさまになってくれたので、これから、ずっといっしょですぅ~」


 一瞬女の子にも見間違えてしまう超絶美少年が、まばゆい笑顔でほっぺをすりすりしてくる。


 ……この美少年のあるじさまが、わたし?


「なっ、なっ……うそでしょーっ!?」


 展開がジェットコースターなんですが!?

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