真っ白な光に目がくらんで、なにも見えない。
なにが起きたのか、まったくわからない。
なすすべのないわたしのからだを、ふわりとつつみ込むぬくもりがある。
「リオ。私の愛しい子。怖がらないで、目をあけてごらん」
子守唄みたいにやさしい声が、すぐそばで聞こえる。
自由のきかなかったからだが、ふと軽くなる。
おそるおそるまぶたを持ちあげて、わたしを見つめるお父さんを前に、思考停止した。
「お、とう、さん……」
「そう、いい子だ」
愛おしげに葡萄酒色の瞳を細めたお父さんが、ちゅ、とひたいにキスをしてきて。
「パパがいるんだから、怖いことはなにもないよ」
よしよしと、くり返し頭をなでられる。
わたしがこどものころ、怖い夢を見て眠れなかった夜に、そうしてくれたように。
あぁ……そういえば、そうだった。
──リオ、愛してるよ。
お父さんがベッドで添い寝しながら、そう言葉にするのを毎晩欠かさなかったことを、幼心におぼえている。
すくなくとも、この世に生まれてからの3年間、わたしは愛されていた。
愛されていたからこそ、わけがわからなくなるんだ。
わたしを捨てたお父さんを憎んでいるのか、じぶんでじぶんがわからない。
「う……ぁ、うぁああ……!」
ぼろぼろと熱いものが両目からあふれる。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、言葉にならない。
ひざの力が抜けても抱きとめられて、わたしはお父さんの両腕の中。
泣きじゃくりながら、お父さんの胸にすがりつくことしかできない。
「テオ……あんた、どうやって部屋を抜け出したの!」
「それは、いま重要なことではないだろう」
即座に返したお父さんの表情は、淡々としたものだった。
ふと視線をそらしたお父さんにつられて空を見上げれば、頭上に光の防御壁のようなものが展開されていることに気づいた。
依然としてコカトリスが襲いかかってくるけれど、翼が巻き起こした風は、ことごとくはじき返されていた。
「私の神聖力でバリアを張っている。コカトリスの攻撃はこちらには届かないが、ヴァネッサ、君はすでに毒を受けた身だ。これ以上毒が回らないよう、おとなしくしていたほうがいい」
「くっ……!」
毒……そうだ、毒!
お父さんの言葉に、わたしは稲妻に撃たれたかのごとく我に返らされた。
「ヴァンさん、ルウェリン! しっかりして……ノア!」
顔面蒼白で地面にうずくまる3人へ駆け寄る。
コカトリスの吐く息に猛毒があるなら、その血は言わずもがな。血の雨をあび、その毒に3人がむしばまれていることは、一目瞭然だった。
(わたしも毒をあびたけど、動けないほどじゃない……)
薬術師として長年いろんな薬草や毒草をあつかううちに、毒に対してある程度耐性がついたから。
動けないみんなのことを思えば、軽い悪寒がするくらい、なんてことはないはずだ。
「ふぇぇ……ユウヒがどうにかできたらいいんですけどぉ……」
毒をあびたわたしたちの中で、ユウヒだけがなんともない。コカトリスよりも高ランクのドラゴンだから、
ただ、ユウヒ自身は治療ができるわけじゃない。両ひざをついたノアをささえて、泣きそうになりながらわたしを見上げてくる。
「レオン、姉さん、どこにいるんだ……ねえ、さん……」
紫色に染まった唇で、ルウェリンがうわごとのようにこぼしている。まずい、全身に毒が回りはじめてる……!
(ララたちをさがしに行かなきゃ……でも、みんなをここに置いては行けない! コカトリスだって倒せてないのに!)
どうしよう? どうすればいい?
この場でどうすべきか。なにが最善策か。
考えろ、考えろ、考えろ……!
「……あいつらを、ぶっ飛ばせば、いいんだろ」
緊迫の瞬間。低い声を発したのは、ノアだった。
「コカトリスがいなくなれば、リオが解毒治療に集中できる……俺が、あいつらを全滅させる……!」
「そんなっ、これ以上魔力を消費したら、毒への抵抗力が……いくらなんでも無茶だよ、ノア!」
「無茶でもやるしかないだろ! こっちがやり返さなきゃ、みんな死ぬだけだ!」
「っ……」
そうだよ。ノアの言うことは正しい。
行動に移せないのは、わたしにコカトリスを倒すための実力と勇気がないからだ。
「リオを守るって、あのひとと……エリオルと約束した。俺は、こんなところで負けるわけにはいかないんだよ……!」
もともと、ノアは血が苦手だ。
猛毒を含むコカトリスの血をあびて、つらいなんてものじゃないだろう。
でも、ノアは歯を食いしばって立ち上がるんだ。
フードを脱いだそのサファイアの瞳に、闘志をたぎらせて。
「君……その顔は、どこかで」
なにかに気づいたようなお父さんの声が、頭上でこぼれた直後。
「ぶっ飛べ──『ステラ・ブラスト』ッ!」
ノアの絶叫がひびきわたる。
空高くにかざされたノアの手のひらに、ギュイン、と球体のような魔力が集束。
パチパチと白と黒に明滅する魔力の凝縮体が、ギリギリまで引き絞られた矢のように、瞬間的に解き放たれた。
わたしたちを覆う光のバリアを貫通した一撃が、空中のコカトリスたちをも貫く。
「あれは、光と闇の複合魔法……ほとんど使い手のいない、星魔法じゃないの! それを、ろくな詠唱なしでっ……!」
おどろきに染まるヴァンさんの表情が、ノアの桁違いな魔力、その威力の凄まじさを物語っていた。
「ヒギィアアアァアアアッ!!」
閃光、爆風。
そして庭園をゆるがす、断末魔の叫び。
土煙が消え去ったとき、大きくえぐれた地面に、3体のコカトリスが倒れ伏していた。
「……やった、か……?」
「コカトリスを、倒した……すごい、すごいよノアっ!」
「そう、か…………よかったぁあ!」
張り詰めた緊張の糸が途切れたんだろう。ノアががくりとひざからくずれ落ちた。
「ノア、大丈夫!?」
膨大な魔力量を誇るノアも、魔力を使い果たしたみたいだ。
「はは……ちから、はいらないや……そういえば、朝ごはん、たべてなかったかも」
「ノアっ!」
へにゃっと破顔したノアを見たら、安堵から無性に泣けてきちゃって、わっと抱きついてしまう。
「リオ……俺の力で、みんなを守れた、よね」
「うん、ありがとう……ノアがいてくれて、よかった……!」
正直もうだめかも、死ぬかもって思った。
でも生きてるんだ。ぎゅうっとノアの首にしがみついて、苦しいくらい抱きしめ返されたら、夢じゃないんだって実感できる。
「感動の抱擁をしているところ、水を差すようで申し訳ないが」
「……お父さん?」
やっと終わった。そう思っていたのに、わたしたちに声をかけてきたお父さんは、腕を組み、神妙な面持ちで。
ピシピシ…………パリィイン!
ガラスが割れるような音を立てて、お父さんのバリアが消え去ったとき、わたしは衝撃的な光景を目の当たりにする。
「ギギ……ヒギ…………ケケケケケッ!」
コカトリスたちが、激しく痙攣し、奇声をあげながら起き上がる光景だ。
「……そん、な……うそ、でしょ……」
確実に致命傷は負わせた。なのに、なんで……
「化物かよ……くそ……」
ぐっと唇を噛みしめたノアが、かばうようにわたしを抱きしめる。
だけど、ノアの腕には、さっきまでの力強さがない。激しく体力と魔力を消耗したせいで、手足に力が入らないんだ。
「ケケッ……ケタケタケタ……」
あり得ない方向に翼が曲がり、ぎょろりと目玉の飛び出したコカトリスたちが、どす黒い血を流しながら、千鳥足で近づいてくる。
この世のものとは思えない不気味な嗤い声が、一瞬にしてわたしを恐怖のどん底へ突き落とす。
……だめだ。
(怖がってる場合じゃない、なんとか、しないといけないのに……!)
わたしの意思とは裏腹に、わたしの手足は思うように動いてはくれない。
「まったく、手をわずらわせてくれる……愚かな」
深くため息をついたお父さんが、おもむろに
そして、ふたたび天に向かって祈りが捧げられるよりも先に、スパァンと、コカトリスの首が飛んだ。
「…………え?」
わたしは呆然として、ふき上がる血しぶきをながめる。
「おや……これは」
「少々、遅刻してしまいました」
やわらかな声が聞こえた。
でも、どうしてだろう。聞き慣れたはずのその声を耳にして、身ぶるいしてしまったのは。
「……エル……?」
問いかける声がか細く消え入りそうになったのは、突然あらわれた彼が、わたしの知る彼とまったく違う雰囲気をまとっていたからだ。
手にした白銀の剣を振り、ピ、とコカトリスの血を飛ばした彼が、わたしをふり返り、蜂蜜色の瞳を険しく細める。
「ほほに怪我をしていますね、リオ」
「……あ」
言われてみれば、右のほほがピリピリ痛いような。
コカトリスの風攻撃を受けて、切れたのかな。かすり傷程度だけど……
「リオを泣かせたのも……あなたがたですか?」
コカトリスに問いかける声は、凍りついたような寒々しさだ。
間違いない。彼が……エルが激怒している。
「ふふっ……では、お望みどおり切り刻んでさしあげましょう。塵も残らないほどに」
いっしょに過ごすうちに、エルを知ったような気持ちになっていたけど、そんなのわたしの思い違いだった。
だって、知らなかったの。
いつもほほ笑んでいるエルは、激怒したときも、わらうんだってこと。
「乱れ舞いなさい──『
エルがうっそりと笑みを浮かべた刹那、ぶわりと、強烈な甘いにおいに襲われる。
「さぁ──『