わたしよりふたつ年下、なんならモンスターと闘ったことなんてないだろう一般市民の女の子が、獰猛なコカトリスをぶっ飛ばした。
これで絶句しないほうが、おかしいと思うんですが。
「……ねえ、さん…………姉さん姉さん姉さんッ!」
「うわぁっと!?」
そうこうしたら、地面に倒れ込んでいたルウェリンが、突然息を吹き返したみたいにはね起きたんですけど!?
ビビッた……めっちゃビビった! 心臓が口から飛び出るかと思った!
「あぁもう手遅れだった! 冒険者にあこがれてて街のごみ捨て場でひろった使い古しの
「あらルル! さがしたわよ~」
「こっちのセリフだボケ! ったく人の気も知らずに能天気に! 今日の昼ごはん抜きにしてやりますからね……っぐぅ」
「きゃあ! ルルどうしたの!」
ララ相手に、信じられないくらい早口でまくし立てるルウェリン。
あれ、コカトリスの毒にやられてたはずなんだけどな……と呆気にとられていたら、顔を真っ青にしてまた倒れ込んだ。
え、
いろいろツッコミたいことはあるけど、とりあえず。
「えーっと……ララ、いままでどうしてたの?」
「そうだわ、聞いてちょうだい、リオ! レオンといっしょにお洗濯物を干し終えたら、なんだか城がさわがしくなって。気になって様子を見てみたら、このニワトリとヘビをくっつけたみたいなモンスターさんが飛んでくるのが見えたのよ!」
おずおずと挙手をして問いかけたら、ララが興奮気味に声をあげる。
ちょ、はしゃぎながら鈍器を振り回さないで! 危ない危ない危ない!
「それでね、レオンをつれて物置きに隠れたんだけど、このモンスターさんのお仲間さんに見つかっちゃって。わたしびっくりして、手当たりしだいに物置きにあった物を投げつけてたら、なんか倒しちゃってたの!」
「えっ……コカトリスを『なんか倒しちゃってた』って……」
ララ、強すぎか?
わたしたちのこれまでの激闘はなんだったのってくらい信じられない話だけど、当のララがピンピンしてる。うそじゃない。
まだ状況が理解できずにいるわたしをよそに、ハッとなにかに気づいたように、エルが口をひらく。
「もしかして……コカトリスの弱点をついたのかもしれません。ララさん、彼らを倒したときの状況を、教えていただけますか?」
「えぇ! いろんな物を投げたけれど、ランタンを投げつけたときだったわ。火が燃え移って、ものすごくのたうち回ってたの。それでわたし、きっと火に弱いんだってわかったわ!」
だからララは、愛用の
「ほう……どうやら、抜群の戦闘センスを持つお嬢さんのようだ」
「お父さん……?」
低い声でつぶやいたのは、お父さんだ。
ララを賞賛する言葉ではあったけど、葡萄酒色の瞳をすっと細めたその表情はどこか険しく、不思議に思う。
お父さんはそれ以上口をひらこうとはしないので、真意はわからないけど。
「狂ったように襲いかかってきて、倒しても倒しても、キリがない。けれど、火には圧倒的に弱い…………まさか!」
一連の話を聞いて考え込んでいたエルが、蜂蜜色の瞳を極限まで見ひらいて、わたしをふり返った。
「わかりました、コカトリスを含め、この街を襲っていたモンスターの正体が! 彼らは、『デベディ』です!」
「『デベディ』……?」
「『デベディ』──『死体』ともいいます。彼らはすでに息絶えたモンスターなんです。いくら攻撃してもまったく効いていないように見えたのは、もう死んでいたからなんです」
「死体が襲ってくるって……そんな恐ろしいことがあるんですか!」
「えぇ、残念ながら。ただ死体ですから、『デベディ』は火に弱いんです。そういった理由で、クエストで討伐されたモンスターを引き取った冒険者ギルドが、必要素材を確保した解体後に必ず焼却処理をしていると、聞いたことがあります」
「そう、だったんだ……」
わたしは、じぶんの無知を恥じた。
薬草採取クエストばかりに精を出していたからとか、そんなのは理由にはならない。
だってわたしも、冒険者なんだ。
『デベディ』に関する知識があったら、もっとうまく立ち回れたかもしれないのに。
「……キヒッ、ケケケッ……!」
不気味な鳴き声と、ゆらゆら蠢くどす黒い煙。
怪鳥のすがたをした死体が、起き上がる。
デタラメなつぎはぎ人形になった死体が、1体、2体、3体。
「まぁ……! ちょっと力不足だったかしら!」
ララが燃える
「さて。対処法がわかったところで、『デベディ』を文字どおり高火力の火魔法で一掃するのが理想的なのですが、ノアくん」
「……俺もう、魔力すっからかんなんだけど」
ひときわ低い声で、ノアがうなる。当たり前だけど、悔しくてたまらないといった表情だ。
(……わたしも魔術師のはしくれ。攻撃魔法が使えないわけじゃない。火の
ローブの内ポケットのふくらみにふれ、人知れず腹を決めようとしていたときだった。くいと、袖を引かれる。
「あるじさま、ユウヒがいきます」
「──! ユウヒ……!」
そうだ、ユウヒ! たしかにユウヒは、火属性のドラゴンだ。でも戦闘が苦手だったはず。
「あるじさまは『ちりょう』しなくちゃですから、ユウヒにまかせてください」
「大丈夫なの?」
「はいです」
わたしの問いかけに、ユウヒは力強くうなずく。
「はやく、楽にしてあげたいです……」
悲しそうに『デベディ』を見つめるエメラルドの瞳と、切実な声が、ユウヒの心境を物語っていた。
そうだよね。死してなお土に還ることができないなんて、可哀想だ。
この悲しすぎる呪いを、ユウヒは断ち切ろうとしている。やっぱり、ユウヒはやさしいね。
「わかった。わたしにできることがあったら、言ってね」
「じゃあ……ユウヒのこと、ぎゅってしてくれますか?」
「もちろん!」
あの怪物に、立ち向かおうとしてるんだ。緊張していないわけがない。
わたしより小柄なユウヒの手を引いて、ぎゅっと抱きしめる。
じんと熱を持つような体温が、服越しにつたわってきた。
「がんばれ、ユウヒ」
「んん……あるじさまぁ」
そっと頭をなでれば、くすぐったそうにユウヒが身じろいだ。
その拍子に、あざやかなクリムゾンレッドの前髪がするりとこめかみに流れて、ひたいがあらわになる。
そこには、ハートを模したような刻印がある。わたしの右手の甲に刻まれた痣と、よく似たものだ。
ユウヒがわたしを慕ってくれているあかし。わたしとユウヒの、絆のあかし。
とたん、どうしようもなく愛おしくなって、ユウヒのほほを両手でつつみ込み、ひたいの刻印にそっとキスをした。
澄んだエメラルドの瞳が、まあるく見ひらかれる。
「んっ……」
ユウヒが吐息をもらし、色白のほほを朱に染める。
うっとりと蕩けた表情が、わたしの目前にあって。
ビュオウ、と疾風が吹き抜けたのは、その直後だ。
「──魔力充填、完了。出力回路、問題なし」
風が吹きつけるなか、凛と発せられる声が、やけに鮮明に聞こえる。
「討伐所要時間、算出中──完了。推定40秒。正誤差、負誤差、ともに3秒以内」
右手で風を阻み、なんとか目をこじ開けたわたしは、危うげない足取りで歩み出る青年の背を目の当たりにする。
クリムゾンレッドの髪と、漆黒の衣をなびかせた、エルよりも長身の青年を。
ユウヒがおっきくなったらあんな感じなんだろうなぁ、なんてぼんやり考えて、笑ってしまった。
なに言ってんの。あれは、
「第3段階、限定解除。これより、戦闘を開始します」
青年──ユウヒが、『デベディ』たちに向かって右手をかざしたとき、風の流れが変わった。
びゅうびゅうと風が渦を巻いて、ユウヒのもとに集まっている。
わかる。感じる。その手のひらに、とてつもない魔力が集束しているのが。
「──燃え尽きろ」
ゴウッ!
突如として、炎が燃え盛る。
風にあおられた炎は、みる間に勢いを増し、巨大な火柱を形成。
そして『デベディ』たちが猛火に飲み込まれる光景を目にしたが最後、わたしの視界は、真っ赤に染まった。