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パンツァー VS ドラゴン(Panzer vs Dragon):1

『イワキ2、行動不能。脱出する』


「イワキ1、了解。カグラへ合流しろ。急げよ。まだ間に合う」


『お先にすまんな。終わり』


 これで中村少尉の小隊は、彼を含め2両のM4シャーマンを残すのみとなった。


「イワキ3へ、残弾知らせ」


『徹甲弾が4発、榴弾3発を残すのみ。送れ』


「了解。こちは徹甲弾4発、対戦車榴弾タ弾が1発だ。似たようなものだな」


『イワキ1へ、我らが先生中隊長は無事でしょうか』


「イワキ3へ、大丈夫さ。あの人は賢い。きっと逃げ切ったさ」


 中村は努めて快活に返信した。内心は全く違う。いくらあの人が帝大卒の秀才でも、あのギガワームから逃げ切るのは至難の業だろう。なんとも晴れない気分だった。たらればと問い詰めれば切りが無いのは承知だが、やはり思わずにはいられなかった。


 あのとき、隊長の車両が大破したときに俺は突貫すべきでは無かったのか。少しはあのクソ蛇ギガワームの注意を逸らせたかも知れない。だが、それは本郷の意思教えに背くことになる。彼の上官は名誉ある死ヒロイズムを決して望まなかった。


 本郷は陸軍にそぐわない人道主義者ヒューマニストだった。それは、ときに他の士官から浪漫主義者ロマンチストと揶揄されるほど、徹底していた。



 本郷が中隊に赴任したとき、彼は駐屯地の広場へ配下の兵士を整列させた。そこはかつて玉と棒を用いた競技が行われた場所で真珠貝のようなかたちをしていた。


 はじめ兵士たちは不安を覚えていた。今度の上官は予備役から招集された士官で、数年前まで田舎の学校で教師をしていたらしい。『先生』のあだ名は着任前に兵士たちがつけたものだった。今と違い、本郷の着任は決して歓迎されてはいなかった。


 ホームベースから兵士の顔を見回すと、講義をするように本郷は着任の挨拶を始めた。


「初めにはっきりとさせておくよ。僕は臆病なんだ」


 第一声がそれだった。中村をはじめ、兵士の全員が呆気にとられた。


「だから死ぬのは嫌だし、君らにも死んでほしくない。なぜなら君らは陛下から預かった貴重な戦車兵だ。もし無駄に死なせたら僕は責任を問われ、きっと禄でもない任務を押し付けられてしまう。それは嫌だ」


 数名が顔を見合わせ始める。


「だから、できるだけ君らには生き残ってほしい。そうすれば僕も生き残って、日本へ帰れる。故郷くにに家族がいるからね。君らもそうだろ?」


 本郷は最前列にいた中村と目を合わせた。おもわず中村はうなずいてしまった。


「ああもちろん、私も軍人だから死ぬ覚悟はできている。いざとなれば君らにも覚悟してもらう。ただ、それを望んで行うつもりはない。念のため聞くが、ここに自殺志願者はいないだろうね?」


 ここで数名が頬を緩めた。


「いたら済まないが転属願いを出してくれ」


 さらに数名が吹き出す。


「その手の輩はなぜか味方を巻き込んで心中をしたがるから」


 あちこちで兵士たちが失笑した。


「僕の前任者前の中隊長がそうだったと聞いている」


 皆が静まりかえった。


「大変だったね」


 着任の挨拶は以上だった。



 本郷ならば撤退しろと言うだろうか。


 中村にはわからなかった。


 確かのことは、遅かれ早かれ行き着く先は一つあの世だ。あの人のことだから、もし先に逝っていたら平謝りしてくるだろう。なにせ教え・・を自分で破っちまったんだから。もし俺が出迎える羽目になったら……平謝りすればいい。


 頬を緩ませたとき、彼の乗るM4シャーマンに規則的な震動が伝わった。展望塔の視察窓から黒い影が見えた。四足歩行型のドラゴンだった。巨体を震わせながら、近づいてくる。彼は無線機を手にした。


「イワキ3へ。トカゲの旦那がお出ましだ。どうやら俺達はいたく気に入られたらしいぞ」


『イワキ1へ。いやですねえ。神楽坂の芸者やロスの踊り子ダンサーならまだしも、鱗の怪物に色気づかれるなんて――』


「まったくだ。戦車乗り冥利につきすぎるわな」


 二人の車長はひとしきり笑うと、行動を開始した。


 お互いに別方向へ移動しながら、射撃を行う。75ミリ砲ではなく、機銃を使用していた。最早ぜいたくな戦いは出来ない。


 ドラゴンはイワキ3の方へ関心がむいたようだ。ひょっとして、あいつ雌なんじゃないかと思う。イワキ3の車長は隊内でも有名な二枚目で、東西問わず女に苦労せぬ生活を送っていた。種族を越えて色香に惹かれたのかもしれない。


 思わず野卑た笑いを浮かべながら、中村は停止を命じた。このままではイワキ3が餌食になる。


「目標、敵ドラゴン。照準は右後脚だ。撃て――」


 徹甲弾が放たれたが、見当違いな方向へ逸れてしまった。照準、照尺ともに完璧で本来ならば命中するはずだった。外れた理由は発砲した瞬間、彼の車両が横転したからだった。


 中村は展望塔のハッチから投げ出された。その過程で、地中から現出したギガワームの姿が目に入った。


──畜生、こいつ戻ってきやがった。ならば隊長は――。


 そこまで考えたところで中村は強く地面に打ち付けられていた。身体全体を衝撃が巡り、息が出来なくなる。苦悶に身をよじらせた。その瞳に、建物の壁際に追い詰められたイワキ3の姿が入った。


──せめて最後に一発くらい当たれよ。


 彼が内心で死を覚悟したときだった。


 不思議なことが起きた。


 空気を裂く音が響く、ドラゴンが明らかな悲鳴を上げた。直後、ドラゴンはイワキ3号車から身体を反らし、胸部から鮮血の花を咲かせた。


 イワキ3の砲撃に思えたが、砲口から煙がでていない。


 すぐに真相に気がつく。


 イワキ3、その背面の建物に大きな穴が穿たれていた。


 何ものかが壁越しに砲撃を行ったのだ。



「何が起きた……?」


 中村少尉は半ば呆然と呟いた。


 いや、起きたことはわかっている。


 何ものかが、あのドラゴンクソトカゲに徹甲弾をぶち込んだのだ。問題は、その発射点だった。それは分厚いビルの向こう側から放たれていた。


 そこはボッティンオーにある、唯一の銀行で非常に堅牢なビルだった。徹甲弾は、そのビルを完全に射貫き、ドラゴンへ鉄の洗礼を浴びせかけた。M4シャーマン戦車では不可能な行為だった。75ミリ砲ごときでどうにかできる代物ではない。


 中村は混乱した。


 そいつを易々やすやすとやってのけた化け物は、どんな砲を積んでいるのだ?


 彼の疑問はほどなく解けた。それは物理、心理、両面に衝撃を与える結果となった。


 奇妙な悲鳴のような、軋む音が周辺に木霊し、倒れ伏した中村の身体に小刻みな震動が伝わってきた。震源地はビルのほうだった。


 中村よりも震源地に近いドラゴンが距離をとり、あからさまに警戒する態勢をとっている。ギガワームも中村達から震源地へ関心を移していた。軋みはやがて大きく、震源地はより近くなり、そして正体を現わした。


 突如ビルの一角が崩れ去る。土煙が舞い上がった先に直方体の塊モノリスが見えた。


 ドラゴンは炎をモノリスへ浴びせかけた。しかし、それは長く続かなかった。モノリスより大気を震わすような砲声が響き、ドラゴンの肩から血しぶきが上がった。痛快なほどに明瞭な悲鳴を上げて、ドラゴンは後ずさりした。まるで獅子に怯える犬のようだった。


 中村は目前の光景に圧倒されていた。しかし耳元から雑音混じりの無線が聞こえ、我に戻された。


『こちらアズマ、これより戦線に復帰する』 



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