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対獣戦闘(Anti-beast warfare):2

【北太平洋上 航空母艦<大鳳>】


 1945年3月17日 昼


 三航艦司令部は、儀堂、戸張それぞれから敵獣群の詳細について報告を受けていた。それは、ほぼ同時に届けられ、確度の高い情報に思われた。


 であるがゆえに、彼等は混乱した。


 ワイバーン飛竜は飛行型魔獣の中でも脅威度の高いタイプだ。高速で飛行し、延焼作用のある火球を口から投射してくる。火球が命中した場合、猛烈な火災が発生し、消火困難な事態となる。


 日本軍が保有する火器になぞらえるのならば、噴進ロケット弾を搭載した攻撃機に等しい。輸送船舶はもちろん、艦船でも攻撃を受ければ損害は免れないだろう。遭遇時には真っ先にたたき落とすべき存在だった。


 ただし、それはあくまでも遭遇すればの話である。北太平洋におけるワイバーンの遭遇率は1%以下だった。ワイバーンは巨体であるがゆえ広い大洋を渡るほどの体力を有していないのだ。これまでの遭遇例の大半は陸上部隊からの報告で占められている。ごく希な例として、東南アジアやオセアニアの島嶼群から飛来した個体に漁船が襲撃されたものがある程度だった。


 今回のように300体を越える個体が渡洋してくるなど、前代未聞だった。


 作戦室にある戦況表示盤を、艦隊の参謀たちが遠巻きに取り囲んでいる。


 そこには三航艦とYS87船団の布陣を現わす模型コマが配置されていた。さきほど新たな模型が追加された。飛行型魔獣コウモリの翼をかたどった模型と、迎撃に上がった烈風隊の模型だった。


「ワイバーンの大編隊だと? 誤認ではないか?」


 砲術参謀は懐疑的な表情だった。彼は理屈に縛られる傾向のある男だった。その彼にとって、報告内容は信用に足るか疑問だった。


 航空参謀が言下に否定する。


「そんなはずはありません。目視による報告で、既に戦闘状態に入っているのですから」


 航空参謀は呆れるように言った。瞳には侮蔑の色すら浮かべている。この二人はどこか人間的にそりの合わないことがあった。


「何であれ、敵獣がもうすぐ襲来する。ならば我々がすべきことは決まっているだろう」


 一挙に悪化していく空気を戦務参謀が浄化に掛かった。すでに防空戦闘は始まっており、飛び立った戦闘機隊が敵獣と熾烈な航空戦を繰り広げている。まもなく防空輪形陣の外周でも火ぶたが切られるだろう。敵が確実に迫っているのに、男どもの莫迦げた矜持プライドで時間をすりつぶしてたまるものか。


航空参謀コサに聞きたい。迎撃機は足りるのか?」


「駄目です。全く足りません」


 即座に断言する。三航艦の航空隊の編成を行ったのは、彼だった。


「三航艦の戦闘機隊は、全力でせいぜい100機です」


 新設された第三航空艦隊の主力は3隻の正規空母だった。


 艦隊旗艦の<大鳳>。


 雲龍型の<雲龍>。


 同じく雲龍型二番艦の<雲龍>。


 この3隻合わせて、航空戦力は200機近い戦力を保持している。本来ならば、もう20機ほど搭載できる見込みだったが、搭乗員の育成が間に合っていなかった。


「現状、出せる機体は全て(空へ)上げています。彼等は死力を尽くすでしょう。それでも覚悟はしなければなりません。ええ、確実に酷いことになりますよ。我々艦隊は個艦の防空能力で凌ぐことができますが、船団は違います」


「要するに、我らが盾になるしかないわけだろう」


 砲術参謀が快活に言い切った。欠点を多く持つ男だが、勇気において不足は無かった。


「やれやれ、靖国はさぞかし盛況になるだろうよ」


「感状と勲章も盛大に振る舞われるでしょう」


 航空参謀が肯いた。二人とも苦笑していた。ある種の諧謔において通じるものを感じたようだ。


「それで、他に手は無いのか……」


 参謀長が周囲を見渡した。誰もが無言のなか、それまで沈黙していた男が口を開いた。


「たしか流星は――」


 司令官の加来だった。彼は航空参謀を見据えて、続けた。


「機銃を搭載していたのではなかったか?」


「ええ、しておりますが?」


 航空参謀は、虚を突かれたように返事をした後で、すぐに加来の真意に気がついた。


「まさか、流星で制空戦を?」


 流星は複座式の機体で、艦上爆撃機・・・・・に分類される。文字通り、主任務は爆撃であって、航空戦ドッグファイトは運用に考慮されていない。いや、全く出来ないわけではない。申しわけ程度に7.7ミリ機銃を備えている。戦闘機相手ならば酷く頼りない武装だが、相手が生身の魔獣ならば話は別だった。


「爆撃隊の搭乗員は、まともな航空戦の訓練を受けていませんが……」


 航空参謀は明らかに戸惑いながら、答えた。


「皆無では無かろう? 飛べるものは全て飛ばせ。全力ですりつぶすんだ」


 加来は厳命した。


「承知しました」


 航空参謀は半ば呆れ顔で肯いた後で、下士官へ命じて戦況表示盤へ流星の模型を並べさせた。同時に母艦へ爆撃隊の緊急発進を伝達する。


 三航艦の防空戦に新たなコマが加わり始めたのは、30分後のことだった。



【北太平洋上空】


1945年3月17日 昼


 太平洋上空を濃紺の点ワイバーンが覆っていた、それらは無数とも思えるほどに重なり合い、大群を形成している。限りなく黒に近い、紺色の塊だった。そこに緑色の点日本軍機が加わりはじめたのは、数十分ほど前のことだった。約100個に及ぶ緑の点が縦横無尽に濃紺の塊へ飛び込んでいき、切り裂いていく。塊は緑の点が飛び込むたびに、蜘蛛の子を散らすようにばらけていった。


 緑色の点として、一番乗りを果たした戸張少尉の烈風は、4体目のワイバーンを血祭りに上げたところだった。


「切りがねえ!!」


 毒づくと同時に操縦桿を引き起こし、急降下から機体を立て直す。上昇に転じた烈風は、今度は濃紺の塊へ下方から突入した。


 戸張小隊がワイバーンの大群と交戦を始めてから、20分も経たぬうちに三航艦の保有する戦闘機の全力が後に続いて吶喊とっかんした。彼等は編隊飛行を維持していたが、やがてその無意味さを悟った小隊の長から編隊を解くように指示を下していた。戸張のその中の一人だった。


「畜生どもが、テメエ等の相手は俺達だ!」


 戸張の気配に気がついたワイバーン達が下方へ向けて、火球を放ってくるも、当たる気配は全く無かった。烈風は、速度と旋回性能、そして武装全てにおいてトカゲどもに勝っていた。


 彼は火球をかいくぐると、機銃の雨を浴びせかけた。5体目のワイバーンが北太平洋の海の栄養素として落ちていく。戸張は濃密な敵獣の編隊の中を縫うように駆け抜けながら、操縦席越しに一瞬だけ振り向いた。彼の攻撃によって僅かにワイバーンは混乱し、群れがばらけそうになるも、やがて何事もなかったように、一塊になり、船団へ向って飛行を開始した。


「野郎ども、仲間がやられても動じねえとは――」


 薄気味悪さすら感じた。戸張が編隊を解いたのは、ワイバーンどもが反撃する気配を見せなかったからだ。緒戦の一撃離脱を行った後、格闘戦になるかと思いきや、戸張の存在など無かったかのようにワイバーン達は飛行を続けた。肩すかしを食らった気分だった。


 その後、何度も彼は突入を行うも結果は同じだった。こうなっては編隊を組む意味は全く無い。そもそも編隊は格闘戦になった際に、相互に支援するために生まれたシステムだ。味方が敵機に捕捉されないように援護し、あるいは捕捉されたときに敵機を逆に捕捉して撃墜するために、編隊は機能する。


 しかし、そもそも格闘戦を相手が望まないのならば、全く意味をなさない。対人戦と異なり、ワイバーンは護衛機の概念がないのか、火球による弾幕を張るだけで碌な反撃をしてこなかった。


 だからこそ始末に負えなかった。


――こいつら、捨て身で来てやがる……!


 3度目の突入で、いかに戸張達が盛んに戦いを挑もうとも、ワイバーンは意に介さない。敵獣の群れは一つの生命体のように、ただひたすら船団へ向けて飛行していく。それに気づいたとき、戸張は編隊を解いて、各個に撃破を命じた。敵獣との格闘戦が想定されないのならば、編隊飛行はむしろ非効率だった。自由に飛行させて、各個撃破させた方がよほど効率がいい。


 仮にワイバーンとの格闘戦となったとしても、戸張は編隊を解かざるを得なかっただろう。


 戦闘開始から30分後、さらに100機の流星艦爆隊が合流し、上空には濃紺と緑をかき混ぜた点の塊が形成された。


 完全なる大乱戦だった。渦中にいるものの中で、誰がどこにいて敵がどれほど残っているのか把握しているものは皆無だった。


【北太平洋上 <宵月>よいづき


 <宵月>の艦橋では分刻みで航空戦の情報が更新されていた。搭載された電探が真っ直ぐに船団を目指す複数の機影を捕らえていた。


「敵獣、直掩隊の迎撃を突破しました」


 儀堂は左耳で副長の興津の報告を聞きながら、右耳の耳当てレシーバー越しにネシスと連絡を交わした。


「ネシス、突破したワイバーンを捕捉できるか」


『すでにしておる。どれから殺るのだ?』


「もちろん一番近いヤツだ。方位と高度を教えてくれ」


『よかろう』


 瞼を閉じたままネシスは微笑んだ。その瞳には、遙か遠方から飛来するトカゲの群れが複数投影されていた。彼女は同時に複数の目標を視ていた。


 ギドーは一番近いヤツと言った。それは<宵月>の右舷150度方向、18km彼方より飛来してきた。


 ネシスは数値を直接、高射装置の兵員へ伝えた。高射装置の兵員は言われるがまま、アナログ式演算機に数値を入力する。次に割り出された敵獣の予測針路と高度を方位と俯角へ変換し、各砲塔へ伝達した。


 砲塔内の砲員は伝達された方位と俯角へ向けて照準を向ける。油圧装置が作動し、規則正しい機械音と共に各砲塔が、右舷方向へ旋回を開始する。


 前後甲板へ備えられた4基8門の六五口径九八式10センチ高角砲の同調が完了する。


 数秒後、<宵月>の砲は初弾を発射した。


 高速で射出された10センチ砲弾は四式弾だった。内部の近接信管が作動し、電波を発振しながら空を切り裂いていく。数秒後、信管は反射波を捕らえ、砲弾は破裂した。


 電探が目標の消失を示し、副長の興津が信じられない面持ちで報告してきた。


「初弾、命中。目標の撃墜を確認」


 儀堂は満足げに肯いた。耳当てレシーバーから催促の声が上がってきた。


『ギドー、次はどれだ?』


「先ほどと同じだ。一番近いヤツから順に叩きつぶす」


『承知した』


「艦長、これは……?」


 興津は混乱しているようだった。無理もないだろう。興津から目標消失の報告を受けなければ、儀堂ですら先ほどの戦果報告の真偽を疑いかけたほどだった。


 ネシスを除き、乗員の大半が、白昼夢を見ているような気分だった。最大射程で、航空目標に初弾を命中させるなど、まぐれ当りとしか思えなかった。そうでなければ奇跡の所行だった。


 しかし、その後も<宵月>が発砲する度に、奇跡が量産された。



【北太平洋上】


1945年3月17日 昼


 <宵月>がワイバーンの大群を探知してから、一時間後、300体の大半が海の藻屑としてばらまかれた。


 まず三航艦が全力出撃させた烈風と流星により、大空の覆う濃紺の群れは100体以下にまで減少した。しかし、ワイバーンたちは散り散りになりながらも船団への進撃を止めなかった。彼等はまるで帰巣本能に従うかのように、ひたすら飛行を続けた。


 彼等(あるいは彼女ら)に待ち受けていたのは過酷な運命だった。ワイバーン達は海上に構築された火線の城壁へ突っ込むことになった。


 三航艦の戦闘艦艇による対空輪形陣だ。


 第三航空艦隊は隷下にある23隻の戦闘艦艇を輪形に配置していた。仮に艦隊を真上から見た場合、それら艦艇群はYS船団を取り囲むように、二重の輪を形成している。外周(外側の輪)と内周(内側の輪)だ。それぞれ外周に10隻、内周には13隻が配置されていた。


 航空隊との迎撃戦を越えた先でワイバーンが遭遇したのは、外周警戒に配置された<宵月>だった。ネシスによる魔導機関メイガスシステムと高射装置が連動した精密射撃により、さらに半数近く討ち取られた。驚異的な迎撃率だった。


 魔導機関メイガスシステムの威力は絶大だったが、<宵月>が装備していた四式弾の効果も無視できなかった。ちなみに彼女宵月が撃ち漏らした半数は、射程外にいたワイバーンだった。儀堂とネシスは誓約に忠実だった。彼等は文字通り、魔獣を鏖殺しきったのである。


 <宵月>以外にも外周に配備された艦船によって、ワイバーンは次々と撃ち落とされていった。<宵月>ほど正確でないにしろ、彼等はそれなりの成果をもたらした。


 外周警戒線を越えたとき、ワイバーンは30体まで減じていた。生き残りに対して、内周にいた艦艇が全力射撃を浴びせかけた。このとき三航艦司令部は内周に配備された艦艇の大半、10隻を迎撃のため、南方へ振り分けていた。


 いささか過剰に思えるかも知れない措置だが、10分の1まで減じても、なおワイバーンの脅威だった。たとえ1体でも輪形陣の内側へ入り込まれては、殲滅は圧倒的に困難となるためだ。



 ワイバーンは滑走路無しVTOLで飛行可能な魔獣だった。平たく言えば、この翼を持ったトカゲは船舶ならば、どの船にも降り立つことが可能なのだ。もしYS87船団の船舶に取りついて火球を周辺にばらまかれたら、文字通り始末に負えない事態になる。最悪の場合、ワイバーンが乗り込んでいる船舶諸共、味方の砲撃で処分することになるだろう。


 内周に配備された艦艇から、次々とあらゆる口径の四式弾が吐き出され、蒼天の空は破裂した弾頭で灰色に汚されていく。そこに幾分かの紫色が加わった。


 翼がもぎ取れ、あるいは胴体から臓物をまき散らしなら、翼をもったトカゲがバラバラに散華していく。


 壮絶の一言に尽きる光景だった。


 内周の艦艇群は最大限の努力を行った。その点に疑いの余地は無い。しかし現実は残酷だった。


 3体のワイバーンが防空網を突破し、ついにYS87船団に到達した。


 三航艦司令部が最悪の事態を覚悟した。


 ワイバーンたちが、獲物として見定めたのは無防備な油槽船だった。口腔部が赤く点滅し、火球を生成するための化合物が臓器で生成された。それぞれが発射態勢にはいる。まもなく開口と同時に猛烈な爆発が生じた。


【北太平洋上 <宵月>】


「三航艦司令部より、入電です。『只今の射撃見事なり。貴艦の奮戦に感謝す』だそうです」


 興津がほっとした表情で儀堂へ告げる。儀堂はいつもの様子で「そうかい」の一言で済ませた。


『間一髪だったのう』


「ああ、全くだ」


 <宵月>は元の外周警戒線まで回航中だった。


 YS87船団に辿り着いたワイバーンは獲物にありつくことはできなかった。彼等の後背より立て続けに飛来した四式弾によって、立て続けに処分され、火球を抱え込んだ個体は空中で大爆発を起こし、木っ端微塵となった。


「流石に隠し通すのも難しくなりましたね」


「まあ、いずれはばれることさ」


 <宵月>は艦船としてあり得ない機動を行っていた。彼女宵月は、外周を突破された後で、その場で船体を回転・・させ、駆逐艦としても異例の速度でワイバーンを追撃していたのだ。


 魔導機関によって、ネシスの力を増幅させた結果だ。いざとなったら、横須賀のときのように飛行して追いすがるつもりだった。


「三航艦司令部から召喚要請が来るかも知れない」


 儀堂は呑気とも思える口調で言った。


「いかがしますか?」


「わからない。でたとこ勝負さ」


 現状、<宵月>の驚異的な戦闘能力は秘匿兵器によるものとされている。ネシスが用いる魔導について詳細を知るものはいなかった。しかし、ここまで派手に暴れ回ってはさすがに隠し通すのは無理が出てくるだろう。


「ただ、うん、そうだな。横須賀のときのような事態が起きたら、お手上げだ。そうなったら秘匿兵器うんぬんでは通じないだろね」


 さすがに空飛ぶ駆逐艦を秘匿兵器で言い切るのは、どう足掻いてもできないだろう。


「そのときは何と答えるのですか?」


「駆逐艦が飛んで不都合があるのかと言い返すさ」


 興津は吹き出した。


「艦長、まるで六反田閣下のような言い草ですよ」


 六反田の名を出され、儀堂はあからさまに不快な表情を浮かべた。傷ついてすらいるようだった。


『今のは妾もそう思ったぞ』


「心外極まるな」


 両耳から異なった笑い声に受けながら、儀堂はかぶりを振った。


 通信室から兵士が艦橋へ走り込んできたのは、そのときだった。顔から病的なまでに血が引いている。儀堂はすぐさま異常が起きたことを察した。


「何が起きた?」


「し、司令部より急電です。ハワイのBMが、こ、こちらへ向ってきていると!!」



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